2018.12.09

それでも北方領土「二島」が返ってこない理由

再交渉シナリオに存在する稚拙なウソ
矢部 宏治 プロフィール

まさに〝子どもだまし〟の理屈

ここまでは、昨年まで述べていたことのおさらいだ。問題はここから先である。

報道によれば、「首相周辺はこの文書〔「日米地位協定の考え方」〕を改めて分析し、「当時の外務省職員の個人的見解」と判断。ロシアとの間で「二島に米軍は置かない」と確認することは同条約上も可能と結論付け、首相や谷内氏ら複数のルートで日本側の考えを〔ロシア側に〕伝達した」という(「朝日新聞」2018年11月16日/下線筆者)。

当時、条約局条約課の担当事務官として、「日米地位協定の考え方」を執筆した丹波實(みのる)氏(その後、北米局安保課長、欧州局ソ連課長、条約局長、ロシア大使などを歴任)が、2年前に死去しているのをいいことに、この文書は対ソ強硬派だった丹波氏が勝手に書いたもので、外務省としての見解でもなければ、アメリカとの間でなにか具体的な取り決めがあったわけでもない。そのことをプーチンに伝えたので、これから日本とロシアは再び北方領土返還(今度は二島)と平和条約の締結に向けて、大きく動き出すことになるだろう、というのである。

こんな〝子どもだまし〟の理屈をプーチンが信じるはずがない。

先ほどの下線部分を見てほしい。すべて日本側が「そう思った」というだけで、肝心の米軍側との合意をうかがわせる記述がどこにもない。私が『知ってはいけない』『知ってはいけない2』で証明したように、戦後日本とは、韓国を唯一の対米従属の友人とする、朝鮮戦争のなかから生まれた軍事主権のない従属国家である。

朝鮮半島問題が文在寅と金正恩の意向だけでは何も決まらないように、北方領土問題もトランプの合意がなければなにも決まらないのだ。

だからこそプーチンは、北方領土を日本に引き渡した場合に、米軍がそこに展開しないよう、安倍首相に「トランプ大統領との間で、公式な文書によって合意し、確約するよう求めている」のである(同年11月14日/「テレ朝NEWS」他)。

 

思えばこれは、主権国家に対して、これ以上ないほど失礼な要求だといえる。世界の独立国で、外国軍の行動に自国の判断だけでストップをかけられない国など、どこにも存在しないからだ(そう、日本と韓国以外には)。

だからそのためにプーチンは、あらかじめ正当な手順を踏んでいる。「ロシアから返還された区域には米軍を展開させない」という約束など、日本政府が絶対にアメリカと結べないことを知っているからこそ、今年の9月にウラジオストックで「年末までに、すべての前提条件なしで平和条約を締結しよう」、つまり「すべて現状のままで平和条約を結ぼう」と語ったわけである。

それが、日本が主権国家として面子をつぶさずに平和条約を結ぶ唯一の方法と、よくわかったうえでの提案だったのだ。それを安倍首相が正式に拒否するというプロセスを踏んだうえで、「じゃあそれがいやなら、軍事主権をもっているアメリカと正式な文書で合意してこい」と要求したわけだ。

実際はロシアがこの要求を出した時点で、今回の交渉も終了したといってよい。絶対にそのような合意文書は作れないからだ。プーチンはそのあたりの事情も全部わかったうえで、当面「話を合わせる演技」をしてくれるだろう。その見返りが再び「巨額の経済協力」となるからだ。

ノーベル平和賞受賞が招いた悲劇

そもそも、このロシアとの交渉で焦点になっている「日米地位協定の考え方」という極秘マニュアルは、いったいどういう性格の文書なのか。ここは最新の研究の部分なので、よく聞いていただきたい。

ひとことでいうとこれは、最近はすっかり有名になった「米軍と日本の官僚との密室での協議機関」である、日米合同委員会における秘密合意をまとめたマニュアルなのである。

ではなぜそんなマニュアルが、安保改定から13年もたった1973年(4月)に書かれることになったのか。その背景には以前も触れたことのある、戦後の外務省の最大の恥部である「空母ミッドウェイの横須賀・母港化」という重大事件が関係している。

そもそもの始まりは、1960年の安保改定で岸首相が結んだ「事前協議密約」だった。これはABCDの4項目からなり、AとCが「日本の国土の自由使用」、BとDが「日本の基地から国外への自由出撃」についての密約だった(詳細はこちら)。

しかし岸はそれらの密約を次の池田政権に引き継がなかったため、3年後の1963年にその存在を初めて知らされた外務省と当時の大平外務大臣は大混乱に陥り、アメリカに対しては密約の効力を認めながら、日本国内に対してはその存在を否定するという「完全な股裂き状態」に追い込まれていく。

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