冒頭の質問に戻ろう。読者の皆様、誰だったら失敗なく採血できるのか、気になりませんか? これを識別するポイントを知っておくと、採血への恐怖が安心に変わるかもしれない。
注目するポイントは1つ。その病院で、どの職種の人が採血業務をたくさんこなしているか、という点が重要だ。採血するのが医者なのか看護師なのか、あるいは臨床検査技師なのか、これが大きなポイントだ。
これは病院の規模によって異なる。
小さい病院(100床前後)やクリニックでは、通常、看護師が採血を担当している。つまり、看護師に採血してもらえば安心だ。
「たまには僕がやるよ」
などと、年配の院長先生がしゃしゃり出てきたら、勇気をふりしぼってこう言おう。
「看護師さんにしてください!」
では、もっと規模の大きい病院(500床以上)ではどうだろう? 誰が一番上手なのだろう?
一般に看護師は採血が上手だと信じられているが、特に大学病院の「本院」では注意が必要だ。大学病院の「本院」の看護師さんは採血がまず間違いなく下手だと思っていい。
なぜなら、大学病院の「本院」では、注射や点滴は医者がやらなければならないことになっていて、看護師が採血をすることはまずないからだ。これが医者の重労働につながっているとの指摘もある。この減らない採血業務を巡って、病棟医と看護師長とがケンカになったことがある。
「どこの病院でも看護師さんが採血をやってくれるじゃないですか? 本院でもやってくださいよ!」
「できません!」
「なぜできないんですか?」
「採血は医師の仕事です」
「じゃ、本院の看護師さんって何するんですか?」
この問いに、その師長さんは平然と言ってのけた。
「看護『学』です。学問ですよ。ホホホ」
さて、「大きな病院で採血が一番上手なのは誰か?」の正解だが、それは臨床検査技師だ。大学病院の「本院」で採血が上手なのは、
臨床検査技師>医者>看護師
の順になる。
大学病院には「本院」の他に「分院」もある。こちらでは看護師も採血を担当する。よって採血が上手な順番は、
臨床検査技師>看護師≧医者
になる。
臨床検査技師は採血が本当に上手で、その技術は神業に近い。それもそのはず。一日に一人当たり何十人もの採血を担当しているからだ。たぶん目をつぶっていても採血できるのではないかと思うくらい上手い。
血管が細くても、ちゃんと血管の内腔に針を入れる。血管が硬くて逃げても、とどめを刺された蛇のように、血管がピタッと動かなくなる。あたかも、かんざしで相手を仕留める必殺仕事人のようだ。
皮下脂肪が厚く、血管が見えない場合は、指先の感覚を頼りに血管の中に針を進めることができる。あれは「心眼」を使っているにちがいない。
もし、臨床検査技師が採血に失敗したら、その場合は、他の誰がやっても失敗すると思った方がいい。そのときは、自分の血管はそれほど採血しにくい血管なのだと自信を持ってほしい。いや、失敗されても許してやってほしい。
さて、医者・看護師・臨床検査技師でも最初は新人だ。外見はベテランに見えても、年を取ってから今の仕事に就いた人もいる。
採血する医療従事者が上手いかどうか見分ける方法も伝授しておきたい。目の前に現れたのが研修医だとしよう。上手いかどうかは採血前の診察の仕方でわかる。
「では、今から採血しますよ」
と言いながら、研修医が肘のくぼみの血管を触診する。この診察に時間がかかったり、何度も血管の位置を確認したりするのは自信がない証拠だ。
「はい、じゃ、チクッとします」
と言いながら、針を刺す直前にもう一度血管をプニュッと触ったりしたら、間違いなく下手くそだ。自信がないから何度も確認するのである。
私が勤務するような小さな病院では、採血のほとんどは看護師がやってくれる。だが、血管が細くて採血が難しい患者さんの場合、採血を私に丸投げしてくることがあるのだ。
「俺に回さないでよ!」
医者の方が失敗する確率が高いのに、なぜ回してくるのか? それは、医者が失敗しても患者さんは許してくれるからだ。
「先生が失敗したんだからしょうがないね」
この間も、難しいケースを丸投げされた。よ~く血管を観察し、慎重に針を刺して何とか成功した。はたからは一見スムーズに見える。
「さすがは先生だねぇ!」
患者さんから感謝され、面目躍如といったところだが、内心かなりドキドキした。危ない綱渡りをうまく乗り切ったというのが本音だった。何しろ半年ぶりの採血だったからなぁ……。