養父からの虐待で「生まれたことを後悔した」ある女性の告白

育てられない母親たち㉓
石井 光太 プロフィール

女性であることを隠す生き方

施設にもどった後、リオは施設や児童相談所の職員たちと、今後の話し合いを行った。すでに母親は引き取りを拒絶する意志を示していたため、定時制高校にもどって学生をつづけるか、中退して就職するかしかなかった。当然、施設の職員たちは前者を求めたが、リオは後者を選んだ。

施設を出た後、リオはホテルで住み込みの仕事をはじめた。だが、ここでの生活も長くはつづかなかった。わずか五カ月ほどでホテルから逃げ出したのだ。リオはどうやって生きていこうかと考えた。

 

彼女は言う。

最初の家出で援交をしていた時は本当につらかったんです。義父からのレイプとか、いじめの過去がフラッシュバックして頭がおかしそうになった。なんで、今度は二度と援交はしないって決めたんです。そして男と対等に渡り合っていけるような人生を自分でつかむしかないって考えた。それで、鳶の仕事につくことにしたんです

彼女はボブにしていた髪を刈り上げ、住み込みで働ける鳶の会社に飛び込んだ。そして仕事中もプライベートもすべて鳶の服装ですごすことにした。

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実は、それ以前から、彼女は援交をする時以外は建設現場の作業服を着て、女性であることを隠していた。きっと男性として生きることが、自分を守る術だと思っていたのだろう。

この鳶の仕事は半年ほどしか持たなかったが、その後も彼女は作業服姿で男としてふるまい、解体業、介護などの仕事を経て、ミックスバーで「おなべ」として働くことになった。性転換やホルモン治療などは受けていないが、男性の格好をして客に接客するのだ。他にも、ゲイ、ニューハーフ、レズビアンなど様々な人が働いていて、「これまでの仕事で一番面白かった」という。

今、彼女はミックスバーが閉店してしまったため、知人に紹介してもらったスーパーで働いているが、ゆくゆくはミックスバーにもどりたいという。

今なら母さんを守れる」

インタビューの際、リオはジーンズにバンダナという姿で現れたが、腰にはチェーンをつけ、しゃべり方などは男性そのものだった。自らのことは「自分」と読んでいた。

リオは語る。

今は完全におなべっていう認識ですね。たぶん、小学生くらいの頃は女性って認識だったと思います。でも、やっぱり養父の虐待とか、いじめとか、援交の嫌な思い出があって、なんか女であることがすごく嫌になった。自分がおなべになったのは、そういうこととつながってると思います

 

ただ、今のところ性転換手術を受けたり、男性ホルモンを処方してもらうことまでは考えていないそうだ。肉体的なところで、体に負担をかけてまで男性になりたいとは思わないのだという。

自分でも変だと思うのは、おなべだとは思うけど、本物のおなべとはまたちょっとちがうのかなっていう気持ちもあります。どちらかといえば、男でも女でもない感じなんですよ。ただ女はイヤだから、どちらかと言えばおなべかなって感じ。手術とかにまで踏み切らないのは、そういうこともあると思います

インタビューの間、リオは性的虐待や援助交際のことは赤裸々に語ったが、具体的に何をされたのか、何をしたかについては話そうとしなかった。

ただ、彼女の人生を見ていくと、援助交際の体験もまた大きかったのだろうと思う。

彼女は援助交際のつらさから自殺未遂をした。それは女性としての自分との決別だったのかもしれない。だからこそ、それ以降、彼女は自ら女性であることをやめたのだ。

リオはこんなことも言っていた。

今なら母さんを守れると思うんです。もし養父の家でつらい思いをしているなら、自分が守ってあげたいなとも思う。お金はないけど、守るだけの力はあると思うから

自分を守ってくれなかった母親を、なぜリオは守ろうと思うのだろうか。そんな質問に対してこういう答えが返ってきた。

あの人はあの人で苦労したと思うんですよね。今でも会えるなら会いたいという気持ちはありますよ。自分を捨てた女なのになんでなんですかね。やっぱり実の親なんだからだと思います