養父からの虐待で「生まれたことを後悔した」ある女性の告白

育てられない母親たち㉓
石井 光太 プロフィール

母親はリオより夫を選んだ

転機は中学に入学して間もない頃だった。リオはようやくできた友人にポロっと養父からの性的虐待のことをほのめかした。秘密にしてくれると思っていたが、友人はそれを親に言い、そこから教師につたわった。間もなく、児童相談所の職員がやってきた。

児童相談所の職員は、リオに事実を確認すると一時保護所で保護した。職員は親を呼んで今後についての協議をはじめた。母親に夫と別れて、娘を引き取って暮らしていくことを勧めたところ、母親はこう言ったそうだ。

リオから夫を誘ったにちがいありません。私はあんな子を引き取りません。夫と一緒にいる。リオを保護するなら、そっちで勝手にして!

 

夫がウソをついたのか、療養中の立場を守ろうとしたのか。何にせよ、母親はリオより夫を選んだのだ。リオは心の底では母親が離婚をして二人で暮らしたいと思っていたが、真逆の結論が出たのである。

児童養護施設に入ったリオは、中学を転校することになる。その中学は前の中学より荒れていて、リオはハーフであることと施設暮らしであることを理由にいじめの対象となった。

リオは語る。

いじめはひどかったです。髪を切られるとか、下着の中に手を入れられるとか普通にありましたから。施設の中でも女の先輩から似たようないじめがあったから、引きこもることもできなかった。その頃からですかね、女として生まれたことに罪の意識みたいなのを抱くようになったのは。

女に生まれたからこんなひどい人生なんだって思って、リスカの回数がどんどん増えていきました。中三の時はオーバードーズ(薬の過剰摂取)で自殺を図ったこともありました

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また、女であることがイヤになって、発作的に髪をそって坊主頭にしたことがあったそうだ。施設の職員に咎められてウイッグをかぶることになったが、そこまで「女であること」に抵抗感があったのだ。

中学を卒業後、リオは定時制高校へ進学したものの、新学期開始からわずか一週間後に家出をした。「何もかも嫌になって一人で生きていきたくなった」のだという。

だが、家のない十五歳の女の子ができることはかぎられている。彼女は援助交際をしてホテルや漫画喫茶を転々としながら暮らすようになった。出会い系サイトや、出会い喫茶で客を見つけていたそうだ。

そもそも女であることが嫌なのに、生活のために援助交際をするのは、無理がある。そのストレスからだったのだろう、半年ほどしてリオは駅のトイレで大量の錠剤を飲んで二度目の大きな自殺未遂を起こす。救急車で運ばれ胃洗浄を受けて一命を取り留め、児童養護施設にもどされた。