積水ハウス「地面師事件」と会長解任クーデターの深層

騙し取られた55億円はどこへ消えたか

社長の阿部は、もとよりこの日のクーデターを想定して動いてきたに違いない。08年に社長の座に就いて以来10年ものあいだ、会長の和田の顔色をうかがいながら、経営にあたってきた。とりわけ東京の不動産ブームに乗り、マンション事業を推し進めてきたが、まさにそこでつまずいたのである。

危機感を抱いた阿部は取締役会に先立つ17年12月には、マンション事業部本部長を務めてきた常務執行役の三谷和司に詰め腹を切らせた。東京シャーメゾン事業本部長で同じ常務の堀内容介にマンション事業を兼務させ、法務部長や不動産部長の部長職を解くといった更迭人事に手を付けていった。

 

そうしておいて自らは、和田に代わって会長に就任すべく、事件直後から動いた。

「今度の件で、君に社長を任せたい、と思っているのだけど、どうかな」

そう囁かれたのが、常務執行役の仲井嘉浩だった。仲井は阿部にとってひと回り以上年齢が下の五二歳で、和田からするとふた回り違う。大幅な若返り人事でもある。なにより社長の椅子を約束する打診を断るはずもなかった。

こうして和田退任のレールを敷いた上で臨んだのが、先の取締役会だったのである。阿部会長、仲井社長という新たな布陣を決めた重役会のあと、阿部が会見に臨んだ。

「五反田の件の責任はどうなるのですか。今度の社長人事はその結果でしょうか」

そう尋ねる質問が相次いだ。それは無理もない。五反田の海喜館取引に積極的に乗り出したのが、当の阿部だった。自ら現地の視察にも訪れ、社内では社長案件と呼ばれてきた。
が、阿部は自らの取り組みはむろん、取締役会でのクーデターのことなどおくびにも出さず、こう言い張った。

「それは関係ありません。(若返りのための)人事刷新です」

3月5日には、個人株主が阿部を善管注意義務違反などで訴え、損害賠償と遅延損害金の支払いを求める請求をおこなった。

そのあたりから、警視庁による本格的な捜査が始まる。