積水ハウス「地面師事件」と会長解任クーデターの深層

騙し取られた55億円はどこへ消えたか

日本の住宅メーカーのリーダーでもある積水ハウスが、「地面師」と呼ばれる詐欺集団に55億円以上を騙し取られた事件は、日本中に衝撃を与えた。警察の捜査によって詐欺の手口がどこまで解明されるか注目が集まるが、実はこの事件にはまだまだ裏がある。

それが、積水ハウス内部での「クーデター」である。詐欺に遭った五反田「海喜館」(うみきかん)の案件を強力に進めようとしていたのは、阿部俊則社長(当時)だった。和田勇会長(同)がその責任を追及しようとした取締役会で、もう一つの「事件」は起きた――。『地面師』を上梓したジャーナリスト・森功氏の渾身のレポート。

地面師事件の真相がすべて記されている、森功氏の新著

会長追い落としクーデターの舞台裏

それは、事件から半年あまり経った2018年1月24日の出来事だった。

「ではこれより取締役会を開催します」

午後2時ちょうど、大阪市北区の積水ハウス本社で、会長の和田勇を議長として、重役会の開催宣言をした。七六歳(取締役会当時。以下同)の和田は細身の身体に似合わないハリのある声をしている。取締役会のメインテーマが、東京・五反田の海喜館をめぐる地面師詐欺なのは言うまでもない。和田はすぐにその議題に入った。

「本日、調査対策委員会が進めてきた調査報告書が提出されました。執行の責任者には極めて重い責任があります」

積水ハウスでは事件を公表したひと月後の9月、社外監査役と社外取締役らで調査対策委員会を立ち上げ、事件の経緯を調べてきた。その調査結果の報告がなされたのが、この日だったのである。和田を含めた9人の社内役員に加え、二人の社外取締役を加えた11人の内外の重役が会議に参加していた。

「したがって最初に、最も重い責任者である阿部俊則社長の退任を求めます」

和田はそう切り出した。社長解任の緊急動議である。戸建て住宅のハウスメーカーとしてスタートした積水ハウスは、近年のマンションやリゾート施設の開発、さらには海外事業も手掛け、業績を伸ばしてきた。その立て役者が和田であり、実力会長として業界に名を馳せてきた。

10歳違いの阿部を社長に引き立て、バックアップしてきたともいえる。いわば二人は師弟関係にあったのだが、その弟分の社長をばっさり切り捨てようとしたことになる。それほど事件の衝撃は大きかった。

 

半面、実は社長の解任については、本番の前に開かれた社外取締役会でも諮られていたので、すでに情報が漏れ伝わっていた。そのため出席した重役たちのあいだにはさほどの驚きも、混乱もない。まるで予定されていた行事であるかのように、採決へと進んだ。

事前におこなわれた社外取締役二人の協議では、阿部の退任に異論はなく、和田の申し出は了承されていたからでもある。解任動議の当事者である阿部は、ひとり会議室をあとにし、10人の重役による社長退任の決議が粛々とおこなわれた。

しかしその緊急動議の採決は予想外の結果に終わった。賛成五に対して反対も五――。数だけでみると真っ二つに割れているように思えるが、阿部を外した10人の出席者の内実は、社外の二人と会長である和田以外に二人の賛成しか取り付けられなかったことになる。むろん過半数にも達していない。そのため、社長の解任動議は流れてしまう。

すると今度は、会議室に呼び戻された社長の阿部が反撃に出た。

「私は混乱を招いた(取締役会の)議長解任を提案します。新たな議長として、稲垣士郎副社長を提案します」

すでにこの時点で勝敗は、決していたともいえる。単純に計算すると、内外11人の全取締役のうち、和田派は5人、一方の阿部派は本人を入れると6人だ。その計算どおり、議長交代が六対五で可決された。そして返す刀で阿部が立ちあがって告げた。

「ここで、会長である和田氏の解任を提案します」

こうなると、退席した和田の一票が減る。そうして10人の重役の投票により、会長の解任動議が六対四で可決されたのである。