ゴーン事件、このままいけば日本が「無法国家」と呼ばれる恐れアリ

刻々とタイムリミットは迫っている
伊藤 博敏 プロフィール

「正義の暴走」はかくも恐ろしい

東京地検特捜部に勢いがあった05年、新任の大鶴基成・特捜部長が、記者会見でこう語ったことがある。

「毎日、汗を流して働いている人が、怒りを感じる犯罪に的確に対応したい。公平や公正を求める国民の期待に応えていきたい」

その大鶴特捜が手掛けた粉飾決算事件が、堀江貴文氏逮捕のライブドア事件であり、佐藤栄佐久福島県知事収賄事件だった。

2人はともに、立件され有罪判決を受けたが、今も堀江氏は納得しておらず、検察批判を続けるし、佐藤氏は『知事抹殺』を上梓、冤罪を訴える。

特捜案件の被疑者たちが納得しないのは、大鶴氏の弁にあるように、検察の考える「正義や公平公正」によって、無理矢理ターゲットにされ裁かれた、という意識だろう。

 

「正義」は、確かに人によって違うあいまいなもので、その正義感が暴走した時は怖い。それが、最高検検事時代の09年に大鶴氏が捜査指揮した小沢一郎事件だった。

佐藤栄佐久事件を通じて東北地方における小沢氏の集金システムを知るに至った大鶴氏は、徹底的にゼネコンを締め上げることで「小沢逮捕」を狙ったが果たせず、強引な捜査への批判が高まり、証拠改ざんの大阪地検事件とともに、「特捜改革」の機運が生まれ、無理な自白を迫らなくても済むようにと、刑事訴訟法は改正され、司法取引が導入された。

検察を退官後、大鶴氏は弁護士となり、今回、ゴーン容疑者の代理人となっている。ゴーン容疑者の強欲は、「額に汗する人の怨嗟」を生んでいるが、立場が変われば役割も変わる。それは「ヤメ検」と呼ばれる弁護士の共通認識で、現役とOBが行なう「特捜案件のキャッチボールが国家秩序の何たるかを世に知らしめる」と、自負している。

現在、特捜部を率いる森本宏部長もまた、「検察の正義」の体現者である。大鶴特捜部長のもとで佐藤栄佐久知事を捜査し、佐藤氏の弟をギリギリ締め上げた。本のタイトルとなった『知事抹殺』は、取り調べの過程で森本検事が放った言葉だ。

特捜改革を経て、司法取引を手に入れた特捜部だが、検察に脈々と流れる、自分たちが国家秩序を維持する藩屛だという意識は変わらない。今回、ゴーン容疑者は日本の富を自らの保身と利益のために奪おうとした強奪者だった。

したがって、何の痛痒を感じることなく捜査着手、司法取引にCEOオフィスの専務執行役やその部下の元秘書室担当理事を誘い込み、メール、資料、証言を得て、万全の体制を整えていた。

だが、ゴーン、ケリーの両容疑者は、かかる事態を想定していたかのように「合法のカベ」を用意していた。「確定されない先送り報酬」を、合法を意識して備えていたとしたら、相当に手強く、現に特捜部は苦労している。

今後、日仏両国民を納得させられる起訴に持って行けるのか。タイムリミットが、刻々と迫っている。