〔PHOTO〕gettyimages

ゲノム編集ベビーは本当に生まれたのか?中国人科学者の経歴から探る

国際会議で提示されたデータを見ると…

先週、「中国・南方科技大学の賀建奎(He Jiankui)副教授が、HIVへの抵抗力を備えたゲノム編集ベビーを誕生させた(かもしれない)」とするニュースが世界中を駆け巡った。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58700

気になる「真偽」を確かめる上で、まず賀建奎氏とは、どのような人物なのだろうか? その経歴と実力を探るところから始めよう。

優秀だが、ゲノム編集の実績は見当たらない

中国・湖南省の貧しい農家に生れた賀氏は幼い頃からアインシュタインにあこがれ、自宅に物理学の実験室を作り上げた。

中国の大学では当然、物理学を専攻したが、2007年頃に米ライス大学に留学してからは生物学に転向。そして2010年には早くも(ゲノム編集技術のベースとなる)クリスパーに関する(以下の)論文を発表している。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20867676

これはジェニファー・ダウドナ、エマニュエル・シャルパンティエ博士らの共同研究チームが(ゲノム編集技術としての)クリスパーを発明する2012年より前のことである。

賀氏は物理学から生物学に転向して短期間で、この分野の最前線に追い着いたことになる。

やがて彼は米スタンフォード大学の博士研究員を経て中国に帰国後、ほぼ独力で医学用のゲノム・シーケンス装置(DNAのヌクレオチド配列を測定する装置)を開発・製品化したというから、ずば抜けた頭脳と行動力の持ち主のようだ(以下の記事に同装置の写真が掲載されている)。

https://www.jiemian.com/article/2655421.html

ただ気になるのは、賀氏が肝心の(ゲノム編集技術としての)クリスパーについては、これまで研究業績がほぼ皆無の、言わばダークホース的な存在であったことだ(上記2010年の論文は「細菌の適応免疫機能」としてのクリスパーに関する論文に過ぎない)。

参考文献:賀建奎氏のこれまでの研究業績
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=He%20J%5BAuthor%5D&cauthor=true&cauthor_uid=20867676

提示されたデータの持つ意味

同氏が事前に中国のエイズ患者支援団体を介して、「エイズ・ワクチンの研究」という名のもとに、今回の臨床研究の被験者を募っていたことは事実だ。

また先週、香港で開催された国際会議で彼が発表したデータは、(実際に誕生したとされる)双子の細胞がモザイク状、つまりゲノム編集されたものと、されないものが混合した状態になっていることを示している。

 

これらの点から見て、今回の臨床研究は根も葉もない捏造ではなく、少なくとも「ヒト受精卵のゲノム編集」が実行された可能性は高い。なぜなら完全な捏造であるなら、いっそ完璧にゲノム編集されたことを示すデータも捏造して提示したであろうからだ。

〔PHOTO〕gettyimages

しかし、国際会議で提示されたモザイク状細胞のデータは、ゲノム編集ベビーが本当に「誕生した」ことを証明するものではない。なぜなら、このデータはあくまで実験室内でゲノム編集されたヒト受精卵(が細胞分裂したヒト胚)から得られた可能性もあるからだ。

このヒト受精卵が本当に女性の子宮に移植され、ゲノム編集ベビーが生まれたことを証明するには、第三者の科学者が(実際に生まれたとされる)双子の赤ちゃん(女児)に面会し、この女児からT細胞を直接採取して検査するしかない。

もしも、この女児が本当に(受精卵の段階で)ゲノム編集されているなら、このT細胞の表面から(通常のT細胞に見られる)突起のようなものが消えているはずなので、それで確認できる。

しかし恐らく賀氏は「(女児と両親ら)家族のプライバシー保護」を理由に、双子の女児への面会要求を断るだろう。それでも(賀氏の所属する)南方科技大学あるいは中国政府が強権発動して、女児に直接面会できれば真相は明らかにされる。

しかし大学や中国政府がどれほど厳しい姿勢で女児との面会を要求しても、賀氏が執拗にそれを拒絶する場合、恐らくゲノム編集ベビーは生まれていない。そもそも「存在しない」のだから面会できるはずがない。

が、だからと言って「生まれていない」ことを証明することもできない。つまり真相は永久に「藪の中」。今後、どう転ぶかは誰にも分からないだろう。