平成ヤクザ界最大の謎「宅見勝若頭暗殺の深層」をキーマンが明かした

山口組「奥ノ院」で何があったのか
中野 太郎 プロフィール

なぜ、そこまでの憎悪が生まれたのか

宅見勝は、5代目山口組の若頭として組を差配する、組長の女房役であり、事実上の山口組のナンバー2である。

そのような者を狙うなど掟破りもはなはだしく、私だけではなく中野会の存続に影響する。そして、事実そうなってしまった。

「宅見は、病気でもう長いことないと自分で言うてますし、引退も考えてますやろ? ほっといても死にますわ」

私は静かに言った。

中野太郎氏は宅見若頭射殺事件により、山口組から破門、絶縁処分を受けた

だが、5代目は私を見据えて言った。

「……あかん、今や」
「…………」
「今、トるんや」
「…………」

なぜ、5代目はそこまで宅見を憎むようになっていたのだろうか……。

たしかに宅見は難儀な男ではあった。宅見が関与したと言われる事件は少なくなく、その一方でスマートな「経済ヤクザ」と評され、カタギ衆とも親交があった。

だが、たとえば、山一抗争の発端となった一和会に対する「義絶状」を書いたのも宅見である。

 

山一抗争については拙書『悲墳』でくわしく述べるが、「義絶状」が一和会の者たちを激怒させたことは周知の事実である。「義絶状」など出さなければ、竹中正久4代目が撃たれることもなかたはずだ。

とはいえ5代目の真意は、私にもわからない。当時の宅見は末期のがんを患っており、すでに引退の準備をしていたのも事実である。わざわざ危ない橋を渡る必要があったのかどうか。

ただ、5代目は、宅見から「5代目山口組にしてやった」というように言われるのがたまらなかったようではあった。

これも事実でないとは言わない。5代目山口組組長の候補者を選ぶ際に、「若くて経験が不足している」と異を唱える親分衆も少なくなかった。

そうした不協和音を調整できるのは、宅見をおいて他になかった。

だが、それをいつまでも恩着せがましく言われたら、腹も立つというものだ。

「あのガキ、なめやがって……」

いつもそう言っていた。

また、カネの問題もあったと思う。「経済ヤクザ」として名をはせたわりに、5代目に対してはケチくさいことを言っていたようだった。

<中野太郎氏のベールに包まれた半生、そして宅見事件の知られざる深層については、『悲憤』において余すところなく語られている――>

中野太郎氏のベールに包まれた半生と宅見事件の知られざる深層が語られている