平成ヤクザ界最大の謎「宅見勝若頭暗殺の深層」をキーマンが明かした

山口組「奥ノ院」で何があったのか

思えば私の人生は、ずっと生き地獄である。

かつてはヤクザとして。

現在は脳梗塞の後遺症がある不自由な身体で。

墓場どころか、地獄まで持って行こうと決めていたことがいくつかあった。しかし、これらのことを話さないうちは死ねないと、今さらにして思い始めた。

不自由ではあるが、身体が動くうちに、ここに記しておこう。

山口組史上もっとも怖れられたヤクザ、中野太郎。口癖は「そんなもん、いてもうたれ!」。「喧嘩太郎」「懲役太郎」の異名をもつ武闘派ヤクザが、5代目山口組渡邉芳則組長の素顔と同宅見勝若頭との確執、さらに「宅見勝若頭襲撃事件」の舞台裏について明かした衝撃の書『悲憤』が話題だ。中野氏の語る「真相」とは――。
現在の中野太郎氏

「まだか? まだか?」

私、中野太郎と「中野会」について、読者の皆さんが知りたいことがあるとすれば、宅見勝若頭射殺事件をおいて他にはないだろう。

平成9(1997)年8月28日、午後3時20分ごろ。兵庫県神戸市内の「新神戸オリエンタルホテル(現・ANAクラウンプラザホテル神戸)」4階のティーラウンジ・パサージュで、5代目山口組の宅見勝若頭(当時61歳)が4人組の男たちに頭や首などを撃たれ、流れ弾が隣席の歯科医師(同69歳)の後頭部に命中した。

同じ青色系の作業服、帽子姿の男たちは外に待たせていた乗用車に乗って逃走した。宅見若頭は搬送先の病院で1時間後に、歯科医師は6日後に亡くなっている。

 

あれからもう20年以上になる。

この事件は、設立から100年あまりを経た山口組の歴史の中でも、最も注目されたもののひとつだろう。この事件がなければ、私は今ごろどこで何をしていただろうか……。

このように考えたことがないかといえば、ウソになる。

「まだか? まだか? はようカシラ(若頭)を……」

事件の一年くらい前のこと。毎日のように、私のもとへ「5代目」から電話がかかってきていた。

5代目山口組・渡邉芳則組長である。