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ストーリーよりも「心象を語る描写力」が魅力の本、10選

作家・矢作俊彦さんのベスト10冊

夏目漱石の贈呈本も

本を読み始めたのは早かった。子供の頃、一番上の伯父の家に本がたくさんあったんです。

彼の父、つまり僕の祖父は何度も結婚していて、末っ子の母には何人も兄貴がいた。彼らが置いていった本が、祖父の本とともに家に残っていたんです。旧制高校生の好きそうな本に混って、夏目漱石からの贈呈本なんかもありましたね。

僕は祖父の家に遊びに行くと、蔵書から勝手に本を取り出して持って帰っていました。最初に読んだと記憶しているのが『どうぶつ会議』です。小学校に上がる前くらいだったかな。これは母が買ってくれた。

動物たちが、バカな人間に代わって会議を開く童話なんだけど、細部に荒唐無稽な話がちりばめられていて、物語って楽しいなと思ったし、自分でも書けるかもしれないとも思った。

以下、ここには読んだ順に挙げました。

ルパンは小学生の頃、南洋一郎訳の全集を読みました。その後、中学生で渋谷に通うようになると、古本屋で偶然、堀口大學訳を見つけ、読んでみると全然違ったんだよね。

堀口訳の男と女と政治ドラマに惹かれました。南洋一郎は子供向けに、その辺りをすっ飛ばしたんでしょう。

813』に続く『続813』でルパンは、手に入れたある書簡と引き換えに、アルザス=ロレーヌ地方をドイツ皇帝ヴィルヘルム2世から奪還しようとするんです。

実際にアルザス=ロレーヌは、1871年、普仏戦争でフランス領からドイツ領に移っていて、この歴史が下敷きになっているんだけど、この作品に限らず、ルパンシリーズは歴史改竄ドラマと言っていいほど滅茶苦茶な物語なのが、最高ですね。

トラストDE』も中学生の頃、古本屋で見つけて読んだ本です。

モナコ王子の落とし胤の青年がアメリカに渡り、アメリカの起業家たちをだまし、「ヨーロッパ撲滅委員会」というファンドを創るんです。そして、ベルリン、パリ、ロンドンと、ヨーロッパを破壊していく。

この本の主人公はヨーロッパに対して愛憎を抱えています。著者のエレンブルグはソ連人で、ヨーロッパに対する片恋慕と怨嗟があったんだと思いますね。とにかく破壊の仕方が徹底的で気持ちよかった。

読むたびに思い出す教師

同じく中学生の頃に読んだ『ガルガンチュアとパンタグリュエル』は、地学の教師に教えてもらった。

彼は羽織袴に下駄を履いて、たまに二日酔いで授業に来るヘンな教師だったけど、話が面白くてね。ある時この本について喋るのを聞いて、図書館で全集を開いたら止まらなくなってしまった。

巨人族が放尿して町中の住民を流してしまうとか、とにかくバカバカしく下品なストーリーが延々と続くんですよ。

ちなみに、この本を教えてくれた先生は、保健室の先生と出奔したあげく、痴情のもつれで新聞沙汰になった(笑)。この作品を読み返すたびに彼のことを思い出します。

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マクバード!』を読んだのは高校生の頃です。雑誌の編集者をしていた伯父が、当時ニューヨークで話題になっていると盛んに言うものだから、翻訳を読んでみた。

これは『マクベス』のパロディで、マクベスに暗殺されるダンカン王をジョン・F・ケネディ、マクベスをジョンソンに置き換えて、アメリカ大統領の座を争う話にした戯曲なんですよ。

たいして面白いとは思わなかったんだけど、こういう物語の作り方もできるのか、と知ったんです。それから2~3年後、19歳の時に、『マクバード!』と同じように『マクベス』を下敷きにして、僕は漫画を描きました。

マクベスは前職を殺した東大総長。この漫画が売れて僕は世に出たわけです。

その後小説を書くようになると、僕の小説はハードボイルドと言われましたが、僕にとってハードボイルドとは「街をさまよいながら人々にインタビューするホラ話」です。

 

チャンドラーだって素晴らしいのは、話の筋ではなく、街をスケッチしながら登場人物の心象を語る描写力だと思っています。

かわいい女』に、夕暮れどきのロサンゼルスで、フィリップ・マーロウが今日起こったことを回想しながら車を走らせる場面があります。

文章でこれだけの絵が描けるのか、凄いなあと思って、ロサンゼルスに行ってわざわざ同じ道程を走りました。実際は、案外つまらない街なんです。そこをチャンドラーはあんなふうに書いたのかと、また感動してね。

ここに挙げた10冊はすべて、大ボラふきの話ばかり。結局、僕はそういう話が大好きなんだとわかったね。

(取材・文/砂田明子)

▼最近読んだ一冊

「2022年のフランス大統領選で、極右の国民戦線とイスラームが争い、イスラーム政権が樹立される。近未来の壮大なホラ話。ただ、期待した分、ラストがヨーロッパ滅亡にまで至らず、この程度かとがっかりしたが」

矢作俊彦さんのベスト10冊

第1位『どうぶつ会議
エーリヒ・ケストナー文 ワルター・トリアー絵 岩波書店 900円
第二次世界大戦後、人間は平和会議を開くが成果は出ない。呆れた動物たちが立ち上がり、ドタバタ会議が始まった!

第2位『813』『続813
モーリス・ルブラン著 堀口大學訳 新潮文庫 590円、630円
“813”の謎をめぐる、ルパン、警察、謎の殺人鬼L.M.の息づまる死闘。ドイツ皇帝まで登場するルブランの傑作

第3位『トラストDE 小説・ヨーロッパ撲滅史
イリヤ・エレンブルグ著 小笠原豊樹・三木卓訳 海苑社 入手は古書のみ
主人公のヨーロッパへの愛憎は、破壊へと行き着いた。SF・冒険・幻想小説を駆使して描くヨーロッパ撲滅戦争史

第4位『オーランドー
ヴァージニア・ウルフ著 杉山洋子訳 ちくま文庫 800円
オーランドーとは何者?「男になったり女になったり、永遠に生きている人間のホラ話」

第5位『二十世紀鉄仮面
小栗虫太郎著 河出文庫 800円
「名高い『黒死館殺人事件』より読みやすい。探偵・法水麟太郎のバカバカしさが出ている」

第6位『ガルガンチュアとパンタグリュエル』(全5巻)
フランソワ・ラブレー著 宮下志朗訳 ちくま文庫 1300円(1巻)
笑いと風刺、駄洒落、糞尿譚、性に大らかな描写に溢れた、ガルガンチュア王らの冒険物語

第7位『マクバード!
バーバラ・ガーソン著 小田島雄志訳 Kawade world books 入手は古書のみ
ケネディ暗殺後の権力闘争を『マクベス』のパロディで。'67年に発表され話題を呼んだ

第8位『戦慄
アントニイ・バージェス著 飛田茂雄訳 早川書房 入手は古書のみ
「ソ連に向かう船中で意味ありげな会話が続く。会話と雰囲気で約800枚を押し切る凄さ」

第9位『かわいい女
レイモンド・チャンドラー著 清水俊二訳 創元推理文庫 入手は古書のみ
報酬はたった20ドル。が、娘の奇妙な態度に惹かれたマーロウは依頼を引き受け……

第10位『
フランツ・カフカ著 前田敬作訳 新潮文庫 890円
「読んで爆笑していたら病院に連れていかれた。カフカの不条理は僕には植木等の世界」

『週刊現代』2018年12月15日号より