やせ細り、背中が曲がり…精神科に「薬漬け」にされた青年の最期

ルポ ブラック精神医療(4)
佐藤 光展 プロフィール

施設と病院を訴えたが…

陽三さんと美奈子さんは、広島の入所施設(被告は施設を運営する社会福祉法人)と、入院していた病院(被告は国立病院機構)を相手に2件の民事訴訟を起こした。「重複障害者が直面している非人道的な扱いを多くの人に知って欲しい」との思いがすべてだった。国立病院機構相手の裁判は広島地裁で2018年現在も続いている(院長の証人尋問はこの裁判で行われた)。入所施設が十分な見守り義務を果たさなかったと訴えた裁判は、すでに敗訴した。

敗訴した裁判で美奈子さんが見守り義務以上に問題視したのは、施設関係者が入所条件として睡眠薬の使用を強く求めたことだった。この点について、2017年3月に控訴を棄却した広島高裁は次のような見解を示した。

「被控訴人が睡眠薬の投与等を求めたのは、被控訴人の組織運営の都合も否定できないものの、主に、控訴人らの健康状態から一郎を介護していくことが困難になったことから、これから施設での生活を継続していくことを迫られる一郎への配慮であることが認められる」

薬物を使ってでも施設の都合に合わせて生活スタイルを「矯正」することが、一郎さんへの配慮だというのだ。本人や家族の意思は置き去りにして。

このような本人不在のありがた迷惑な発想を突き詰めていくと、その先に相模原障害者施設殺傷事件の植松聖被告の姿や、多くの障害者が被害にあった強制不妊手術問題がちらついてくる。重複障害者の行動を薬でコントロールする発想と、植松被告が抱いた安楽死させる発想は決して断絶したものではなく、一続きのスペクトラムだと思えてならない。

 

一郎さんが蒔いた「幸せの種」

一郎さんは不幸な死を迎えた。だが、多くの障害者を幸せにするきっかけを作った。

広島大学で福祉を学んでいた時に一郎さんと出会い、その人柄に惹かれて重複障害者と共に歩む道を選んだ池田顕吾さんは、現在、福岡市内の障害者基幹相談支援センターのセンター長として、同市が2015年から続ける強度行動障害者の集中支援事業などに密接に関わっている。

この事業は、重度の知的障害があり、激しい自傷や他害行為、こだわり、物の破壊などを繰り返す強度行動障害の子供や大人を対象としている。「障がい者地域生活・行動支援センター か~む」(福岡市城南区)で3ヵ月程度暮らしてもらい、集中支援を行う。

支援者はこの間に問題行動の背景を探り、個々の特性に応じた関わり方などの支援策をまとめる。期間終了後、家族や受け入れ施設などはこの支援策を生かして関わり方を変えていく。すると問題行動が急激に減る例が報告され始めている。

強度行動障害を招きやすい自閉症の人は、感覚の障害に苦しんでいることが多い。聴覚や嗅覚が過敏だったり、逆に鈍感だったりする。気圧の影響を受けやすく、変動すると不快で眠れないこともある。体温コントロールがうまくいかず、気温が上がると服を脱いで裸になったりする。

彼らは意味もなく行動しているのではなく、環境の変化に過敏に反応しているのだ。それをむやみに押さえつけると、イライラを募らせて問題行動につながっていく。鎮静や睡眠のための薬は一時しのぎでしかない。同じ人間として向き合い、行動の意味を探る感性が支援者には欠かせない。全国から注目を集める福岡市の事業は、良き支援者を育む取り組みでもある。

おしゃべりで正直でやさしくて、多くの人に好かれた一郎さん。彼はこの社会に散在する非人道的なクレバスに落ち込み、不慮の死を遂げてしまったが、彼が社会に蒔いた幸せの種は着実に成長し続けている。