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軽井沢に移住した姜尚中さんが語る「50歳からの“悩む力”」

誰と生活するか、何処にコミットするか

母の教え』は累計130万部を超えるベストセラー『悩む力』シリーズの最新刊です。

政治学者としてメディアにも多数出演する姜さんは、'13年に長野県軽井沢に移住。豊かな自然に囲まれた暮らしを描きながら、その時々の時事的な政治問題、姜さんの思いが綴られた“林住記”です。

メディアから離れて暮らしたい

――なぜ軽井沢という土地を選んだのでしょう。

以前から長野には縁を感じていたんです。というのも、大学時代のサークルで憧れていた同学年の女性が信州松本の出身でした。私が初めてラブレターを送った方です。

結局、梨の礫のまま私は韓国に留学することになり、若き日の恋は淡いまま終わってしまいました。

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実は、最初に『悩む力』が出版された10年前に、彼女に数十年ぶりに再会したんです。学生時代、私は日本の名前を名乗っていました。本が売れて注目されたことで、彼女が気づき連絡をくれた。

少しのときめきを胸に新宿のホテルでお茶をしたところ、私のことを「嫌いではなかったけれど、手紙の内容が重くてなかなか返事ができないうちに連絡がとれなくなった」と告げられました。

 

――奥様はその話をご存じなんですか?

いえ、知りません(笑)。憧れの彼女も私も、それぞれの人生を過ごし家族もできた。彼女の娘さんとも会いましたが、とても爽やかな女性でした。

もちろん、長野に惹かれた理由はそれだけではありません。何より気に入ったのは、雄大な山々、豊かな自然。

夫婦で軽井沢・追分までドライブした際に、ここで季節を感じながら過ごすのもいいなと考えていたら、妻が「土いじりができるなら住んでもいいわ」と。この一言が最大の理由です。

――これまでの著作は、長男を亡くされた精神的な影響などもあり、とても内省的な内容でした。今作は、どこか穏やかな筆致に感じます。

ここ数年、精神的な面からも環境を変えたい気持ちがあり、転居先を探していたんです。週刊誌の取材で話すのも不思議なものですが、メディアのネタから離れた暮らしをしたいとも考えた。

決め手となったのが東日本大震災です。東京に暮らすことに恐怖を感じたというよりも、人生の残りの過ごし方をより真剣に考えるようになった。

もともと私には東京に出てきてからも10回以上引っ越しを繰り返す「漂泊の心」がありました。軽井沢に5年も住んでいるのはかなり長いほう。いまでは信州の自然に魅せられ、ここ以外に住むことは考えられません。