「平成」とは何だったのか? ミスチルと日本代表から見えた時代精神

自己実現、広告、そして…
柴 那典 プロフィール

ミスチルは平成に最適化されたバンドだった

――宇野さんは平成という時代を「広告が力を持った時代」と位置づけているわけですね。

宇野 そう。平成を象徴するアーティストをミスチルの他にもう二つ挙げるなら、SMAPと安室奈美恵だと思うんだけど、SMAPは広告クリエイターにとっての実験場になっていた。

SMAPとクリエイターが共犯関係を結んで、広告のクリエイティヴの表現が広がって先鋭化していって、そこでは実際の広告効果を置き去りにしてしまうようなこともあった。

安室奈美恵は、ある時期からテレビのCMと女性ファッション誌以外にほとんど露出しなくなった。『HEY!HEY!HEY!』や『うたばん』のような素の顔がさらされる音楽番組にも出なくなって、ファッションやコスメのプロモーションの顔となることで、女性たちの憧れの存在となっていった。それってまさに、今海外でリアーナのような女性アーティストがやってるブランディングにも通じるんだけど、そう考えるとかなり先駆的な方法だった。

で、ミスチルは何かって言うと、タイアップビジネスの象徴だと思うんです。21世紀に入ってからの代表曲だけでも、「HANABI」は「コード・ブルー」の主題歌だし、「himawari」は「君の膵臓をたべたい」の主題歌。最終的には曲の力でタイアップの射程をはるかに超えた飛距離を生んでいくんだけど、ヒット曲の創作のきっかけはほとんどタイアップだった。

――桜井和寿は初期にはCMソングのためにストップウォッチで時間をはかって15秒のサビを作っていたという話もしていますね。そういう意味では非常に広告クリエイター的な発想の持ち主だった。

宇野 そう。広告とドラマや映画のタイアップは少し違うと思う人もいるかもしれないけど、15秒のTVスポットを想定して作られているというところは同じだし、ミスチルにとってはドラマや映画こそが曲を広めるための「広告」だった。

そういう日本において広告のシステムと音楽業界が結託したタイアップ文化が成熟して完成したのが平成という時代で、ミスチルも少なくともシングル曲については、常にタイアップによって創作のきっかけが駆動するシステムの中にいた。

そこで能力が万全に発揮できるという、ある種、平成という時代に最適化されたバンドだったと言うこともできる。最適化というか、そこで誰よりも大きな結果を生み出してきたのが、桜井和寿という才能の特異さだった。

ファンにとっては耳当たりがいい物言いではないかもしれないけど、それはひとつの事実として指摘したい。そういう意味でも平成は「広告の時代」だったと思います。

――そうですね。そして、だからこそ職業作家的な自分とアーティストとしての自分との間で矛盾が生じたことを最初に歌にしたのが「innocent world」で、歌詞の中で〈様々な角度から 物事を見ていたら自分を見失ってた〉とか〈入り組んでる 関係の中でいつも帳尻合わせるけど〉と歌っている。

宇野 しかも〈mr.myself〉って、自分にそのまま問いかけているというね。そして、もう一つ、ミスチルがほとんどやってこなかったことをあえて振り返ると、コラボとカバーなんです。

95年に桑田佳祐と「奇跡の地球」をやって以来、誰かと絡むようなことは一切やっていない。Bank Bandでは日本のクラシック・ポップスをさんざんカバーして、しかもap bank fesで本人と一緒に歌ったりしているけれど、ミスチルでは誰かの曲のカバーをほぼやっていない。音盤化されているのは、インディーズ時代を除くと尾崎豊とピロウズのトリビュート・アルバムだけで、それももう15年くらい前のこと。

僕は敬意を込めてミスチルのことを「広告の時代のバンド」と言ってるんですけど、それは要するに、「ブランド」だということなんです。当時からメンバーのソロでの活動と一線を画していたSMAPとしての活動や、さっき話した21世紀に入ってからの安室奈美恵もそう。

Mr.Childrenはコラボやカバーをやらない、桜井和寿はソロをやらないということで、バンドがブランド化していった。その代わり、Bank Bandで吸収したものをMr.Childrenに取り入れたり、サッカーに関することはウカスカジーでやってきたりしてきた。そうしてミスチルを聖域として守ってきた。

――たしかにそうですね。もう一つ、カバーということで言うならば、あれだけヒットしたにもかかわらず、ミスチルの曲をカバーしている人はとても少ない。たとえば「innocent world」をカバーしているメジャーアーティストはほぼいない。スピッツやドリカムに比べると、そこは際立って違う。

宇野 ファンから知られているカバーも、バンドと直接交流もあるピロウズとスガシカオがやったやつくらいだよね。ちょっと不思議に思えるけど、ミスチルの曲はミスチルが演らないと成り立たないという、ある種、広告的なイメージコントロールも効いてきたのかもしれない。

平成は広告の時代だったし、それはサッカーに関してもそうだった。たとえばJリーグ開幕時のフィーバーって、今30代以上の人だったら覚えていると思うけど、本当に異常なものがあって。それは当時、マスメディアと広告代理店のメディアスクラムがいかに機能していたかの証拠でもある。

でも、今のミスチルはそのシステムが永続的には続かないということを意識してると思いますけどね。

 

サッカーから見えてくる意識・価値観の変化

――平成が終わると共に「広告の時代」も幕を閉じる、ということでしょうか。

宇野 これまでのような影響力や独占的な収益は、もう見込めないでしょうね。2020年の東京オリンピックが、その最後の祭りになるんじゃないかな。電通の社内には「2020年退社問題」というのがあるって話も聞きます(笑)。社内で力を持ってる人ほど、オリンピックの仕事を終えた後に会社を辞めるっていう。

――でも、2025年には大阪万博も決まりましたよね。

宇野 そっか。それこそ松木安太郎が言うところの「ふざけたロスタイム」だね(笑)

――この先はどうなると思いますか?

宇野 サッカーに関して言えば、そうは言っても川淵元会長らの尽力もあって、Jリーグが文化として根付いた。そこは素直に感謝しなくてはいけない。

日本のサッカーファンの多くは、ヨーロッパや南米のサッカー先進国のように、自国代表への関心はクラブの次で、代表戦は重要な試合なら応援するというスタンスになってきている。それはすごくいいことだと思うんです。

そして、そこではマスメディア、特にテレビが一番遅れている。サッカーの専門番組以外では、どんな試合でもほとんど得点シーンしかダイジェストしないし、Jリーグの試合を紹介するときも代表選手がどうだったかという文脈ばかりが強調される。

地上波のテレビが誤審問題はスルーして韓国代表を応援し続けていた2002年のワールドカップ日韓大会の時から続いてることだけど、実態とメディアが報じていることとの乖離を、日本のサッカーファンはどんなクラスタよりも強く感じてきたと思います。

で、この先どうなるかわからないけど、たとえば世代別で下の世代の日本代表にはどんどん人種的にミックスの子たちの比率が増えている。

サッカーにおける人種問題や移民問題は世界的に今もいろんな問題を孕んでいて一進一退みたいな感じではあるけれど、基本的にスポーツは実力主義の世界だから、社会に先んじて意識が変わってきたという部分がある。

たとえば、日本での大坂なおみへの高い支持が象徴的だけれど、若い世代の価値観はこれからどんどん変わっていくと思います。

【イベント情報】
日本代表とMr.Children』ヒット記念 宇野維正×柴那典 Jポップの現在と未来
イベントページ:https://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/107264

日程:2019年2月7日(木)OPEN 18:30 / START19:30
場所:ロフトプラスワンウエスト
料金:前売り ¥2,300 / 当日 ¥2,800(飲食代別)※要1オーダー500円以上
出演:宇野維正、柴那典
内容:2018年の終わりにレジーとの共著『日本代表とMr.Children』を上梓した宇野維正が、昨年1月の「小沢健二ついて、ここだけで語ること」に続いて大阪ロフトワンプラスウェストのステージに再び。今回、トークの相手を務めるのは音楽ジャーナリストの柴那典(『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』『ヒットの崩壊』など)。Mr.Childrenの話だけでなく、Jポップの時代=平成を総括するとともに、次の時代のポップミュージックへの展望についてNGなしの本音だけで語り合う。各メディアで顔を合わせることもある2人ですが、実は2人でイベントを行うのはこれが初めてになります。
イベントページ:https://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/107264