「平成」とは何だったのか? ミスチルと日本代表から見えた時代精神

自己実現、広告、そして…
柴 那典 プロフィール

――『日本代表とMr.Children』の中にも「終わりなき旅」(1998年)の〈高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな〉という歌詞が、アテネ・オリンピック予選の日本代表のロッカールームに掲げられていたというエピソードが書かれています。

宇野 そうそう。よく考えたら異様な風景だよね。でも、そこではそれが当たり前のように許容されていた。たとえばザッケローニは自分の選手たちが何を考えているのか知るためにさいたまスーパーアリーナにミスチルのライヴを観に行く、みたいなこともあった。

そういうひとつの時代が、こないだのロシア大会で幕を閉じた。そこに対して思うことはたくさんあるし、それは全部本に込めてるんだけど、それはある種のハッピーエンドだったんだろうなって感じます。

桜井和寿にとって「サッカー」とは?

――つまり、Mr.Childrenの曲は、歌詞がロッカールームに掲げる標語のようなものになるくらいに、アスリートにとってモチベーティヴなものとして作用したわけですね。では「サッカーに救われた桜井和寿」というのはどういうことでしょう?

宇野 これはサザンやB’zにも言えることだけど、やっぱり、スターダムにのぼりつめた後に25年以上ずっとトップフォームでいられるって、相当に異常なことだと思うんです。たいていはクリエイティヴの質が落ちていったり、体力が落ちたり、メンバーと仲が悪くなったりと、アーティスト側の理由で崩れていく。

でも、それを奇跡的に維持できているのがミスチルで。その背景を考えると、桜井和寿にとっては、97年くらいから本格的にサッカーに打ち込むようになったことがとても大きかったんじゃないかと。

ミスチルはワンマンバンドではないけど、やっぱり桜井和寿はあれだけのスターダムをのぼりつめたバンドのフロントマンであるし、実際のところ、スキャンダルのようなこともあった。

それでも彼がよくある“ポップスターの病”みたいなことに陥ることがなかった大きな理由の一つが、サッカーだったと思うんです。

〔PHOTO〕gettyimages

――問題作とされた『深海』(1996年)や1997年の活動休止は、『Atomic Heart』(1994年)で国民的な人気バンドになった後、桜井和寿やバンドが精神的にダメージを受けていたことの象徴だったと思います。しかし、その後はそういったことはないですね。

宇野 桜井和寿にとって、サッカーは「見る」ものではなくて「やる」ものなんですよ。本人がインタビューでも言ってますが、サッカーをやってると、自分より上手い人にピッチで「おい、何やってんだ!」と怒られる。若くして誰からも怒られないような存在になってしまった後に、それがどれだけ新鮮なことだったかという話をしていた。しかも、怒られながらも一生懸命やればちゃんと上達していく。

そうやって、彼にとってのサッカーは、ただのレクリエーションを越えた、もうひとつの生きがいみたいなものになった。今ではウカスカジーみたいなサッカーに特化した活動もやっているし、それが「MIFA」のような事業に発展していたりもする。だからこそ、ミスチルは奇跡的に健やかなまま存在している。

もう一つ、ある時期までの桜井和寿にとって精神的にも音楽的にもメンターのような役割を果たしていた小林武史の存在も大きかったわけですけど、私生活におけるサッカーへの情熱が、あれだけの成功を経た後も彼を狂わせなかったんだろうなって。

 

ミスチルと日本代表が象徴した「自己実現」

――1997年は「ジョホールバルの歓喜」の年ですよね。日本代表が初出場を果たしたフランス大会から2002年の日韓大会を経て、4年ごとのワールドカップは常にその年のテレビの最高視聴率を記録してきました。

日本代表が国民的な熱狂を形成してきたのがここ20年だとすると、選手たちとミスチルの結びつきが、ある種、平成という時代の日本の精神性を作ってきたと見立てることできる。そこについては、宇野さんはどう捉えていますか?

宇野 僕は桜井和寿と同じ1970年生まれなんだけど、下の世代の「意識高い系」みたいな感じの生き方って、ちょっと斜に構えて見ちゃうところがあるんですよ。でも、ミスチルはそういう世代の精神的な支えみたいなものにもなってきた。

要するに、自分らしさを見つけるという「自分探し」みたいなところから、自分を高めるという自己啓発的なところに結びついていく思考の、いわばBGM的にも受容されていった。

――ミスチルは自分らしさというものについて歌ってきたイメージがとても強いですよね。たとえば「名もなき詩」には〈知らぬ間に築いていた 自分らしさの檻の中で もがいているなら 僕だってそうなんだ〉という歌詞がある。

宇野 基本的に海外のポップ・ミュージックを中心に聴いてきた自分は、当時そういうミスチルの歌詞をテレビや街で耳にして「なんかしんどそうだな」って思ってました。

でも、その下の世代の文化的な関心がどんどん内向きになっていって、若者を巡る日本の社会状況もどんどんハードになっていって、ミスチルの音楽もそこに並走していった。

ミスチルの歌詞だって、初期の頃は浮かれたところもいっぱいあって、自分はむしろそういう曲が好きだったんだけど、どんどん真面目な曲が増えていった。

僕はずっと不真面目に生きてきた人間だから最近までよくわかってなかったけど、平成の若者文化を改めて振り返ってみると、やっぱり、ある時期から意識を高くしていなければサヴァイヴできないような時代になっていったんでしょうね。

そういう意識の高さの一つの象徴が、『心を整える』の長谷部誠であり、もう一つの象徴が、現役のアスリートでありながら起業家のようなことをやっている本田圭佑であると思う。

長谷部誠と本田圭佑〔PHOTO〕gettyimages