とにかく、うまかった。名文家だった大女優・高峰秀子との遭遇

人生を味わい尽くそうとする意志
沢木 耕太郎 プロフィール

究極の「高峰秀子」像

私はこんなことも夢想する。

高峰秀子にとっての真の作品とは「高峰秀子」だったのではあるまいか、と。

平山秀子から松山秀子に戸籍上の名前は変わったが、彼女は五歳のときから一貫して高峰秀子でありつづけた。高峰秀子という名前には、華麗さと堅牢さがないまぜになったような独特の趣がある。それは養母の芸名であり、現し身の人間としてはどこにも存在しない幻の人物でもあった。

彼女は、このどこにもいないはずの「高峰秀子」に向かってゆっくりと成熟していったように思われる。子役からスター女優として映画の世界を生きることで、また、松山善三の妻として敬意と友愛に満ちた家庭生活を築いていくことで、高峰秀子はゆっくりと「高峰秀子」という作品をつくってきたのではなかったか。

夫である松山善三が冗談めかして《結婚当時は、わが家の嫁さんもカワイコちゃんであった。カワイコちゃんは、結婚生活二十五年の間に、次第に変貌し、孤独な、しかし毅然とした雌ライオンに変身した》(『旅は道づれツタンカーメン』)と書いているが、最後の「毅然とした雌ライオン」という評言は戯れ言として捨て去るには惜しいものがある。

それは究極の「高峰秀子」像と一致するような気がするのだ。

〔PHOTO〕iStock

多くの著作から浮かび上がってくる高峰秀子は、几帳面だったり、意固地だったり、凝り性だったりするが、本質的な意味における都会人である。その彼女が、敬愛する二人の都会人について書いた二冊の本の中に、同じひとつの言葉が出てくる。

《川口先生の身体を貫く鋼鉄のように強靭なものはいったい何だろう?
 ひと言でいえば、「人生に対する潔さ」ではないか、と思っている》(『人情話 松太郎』)

《いまの日本に、こんなに立派で潔い男性がいるだろうか?》(『私の梅原龍三郎』)

潔さ。

もし、高峰秀子が雌ライオンであるとするなら、この雌ライオンの最大の願望は、人生において常に潔くありたいということであるに違いない。

それが達成されたとき、「毅然とした雌ライオン」は真の「高峰秀子」になっているはずである。

(1998年3月)