Photo:『どん底から1日1億円の売り上げを出す方法』より
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保阪尚希さん語る「6億の事業を200億に育てる、商社のすごさ」

自分とは真逆だった「商売のやり方」
芸能界をセミリタイアし、通信販売の世界へ転身した保阪尚希さん。大ヒット商品を連発し、その裏側を明かした著書『どん底から1日1億円の売り上げを出す方法』(ワニブックス刊)も出版した。俳優だった彼が、なぜここまでの成功を収めることができたのか? 大きな糧になっているのが、かつてアパレルブランドを経営していた経験だ。そのとき学んだビジネスの掟について、本人に語ってもらった。

「自分が欲しいもの」をつくる

僕は、過去にアパレルブランドを二つ立ち上げて役員になったことがあります。まだ一つ残っていますが、もう僕は抜けたので直接的な関係はありません。

Photo:『どん底から1日1億円の売り上げを出す方法』より

それは『HOSU(ホス)』というブランドで、保阪の「ホ」に、一緒に立ち上げた友達のデザイナー鈴木智博の「ス」でHOSUです。

中目黒の川沿いに何にもなく、今のようなオシャレなイメージもなかった頃、そこにアパレルで最初に出した店でした。

今もすごく売れているブランドで、デニム1本、高いのだと40万円ぐらいします。安いのでも3万円ぐらい。ちょっとダメージを入れるのもすべて手作業で、洗ってはまた入れてと、こだわり抜いた大人のカジュアルウェアを販売しています。普通、デニムというのは6工程ぐらいでできるのに、ここでは38工程かけて作っていました。

すべて国産でやっていますから、これだけ手間や人件費がかかると、こういう値段になってしまうのは仕方ありません。

そもそも、僕は洋服が好きで、例えばバブルの頃は、アルマーニのブラックの吊るしのスーツが70万円ぐらいで売っていた時代にバンバン買っていて、それ以外にはプラダやグッチしか着ていませんでした。

そのうちにだんだん着たい服がなくなってきて、自分が大して欲しくもない服にこんなに高いお金を払っていることに疑問が出てきました。

 

「どうせお金を出すのだったら、自分たちの着たいものだけ作りたい」という気持ちになって、生地や職人さんもこだわって作ろうということからブランド立ち上げにつながっていきます。

その頃、ジッパーというと日本製では『YKK』しかなかったのですが、プラダのスポーツウェアのブランド『プラダスポーツ』では『riri』というイタリアのかっこいいジッパーを採用していて、もうそれしか使わないで服を作ろうと思いました。YKKは日本のメーカーで当然使いやすいのですが、それよりも見た目にこだわりました。

プラダスポーツでは、ナイロンにもかかわらず防水で、しかも通気性がいい生地を使っていて、同じようなものを作りたいと思い、『デサント』に相談に行きました。

日本のスポーツウェアメーカーで知られるデサントは、実はNASAにも提供しているような最先端の生地をたくさん扱っています。当時すでにアルミが入ったナイロンのような生地をデサントが唯一持っていて、それでコートを作ったりしました。

個人的には某ハイブランド「H」がすごく好きで、そこのコートを着ていたのですが、普通のニット1枚買うのに20万円くらいするわけです。「ふざけてる!」と思って、フランスで「H」のニットを編む職人のところに直接交渉に行ったら、1枚2万円で作れるとのこと。たぶん、「H」も2万円で作っているのでしょう。

この職人に作ってもらえば、ハイブランドと同品質のニットを4万円で売れると思い、扱ったこともあります。