悪石島の来訪神「ボゼ」(十島村教育委員会提供)

「メンドンとボゼ」世界が認めた謎多き「来訪神」の正体はなにか

ある生き物が関係している、という仮説

「来訪神」がつなぐ世界

先日、「来訪神 仮面・仮装の神々」のユネスコ無形文化遺産登録が決まりました。

今回登録された10の文化は、日本海側などの北日本、そして南西諸島などの南日本という広範囲にまたがっています。

屋久島の西北と西南に連なるトカラ火山列島(琉球弧内帯北部)の、三島列島(鹿児島県鹿児島郡三島村)とトカラ列島(同・十島村)からは、今回、それぞれ硫黄島の来訪神「メンドン」と悪石島の来訪神「ボゼ」が無形文化遺産登録を受けました。

硫黄島の「メンドン」(三島村教育委員会提供)

「メンドン」と「ボゼ」は、夏の八朔(8月1日前後)に出現する来訪神で、広く熱帯アジアの文化との共通点をもつとともに、(季節は逆ですが)今回同時に登録された、秋田県男鹿市の「ナマハゲ」などとも共通する風習です。

一見意外に思えますが、南西諸島から九州の西側を経て、東北の日本海側沿岸へ至る対馬海流などによる繋がりを考えれば、こうした共通性は必ずしも不思議なことではないでしょう。

ナマハゲ(Photo by gettyimages)

ちなみに、すでに2009年に単独でユネスコ無形文化財に登録済みで、今回、他地域とともに再登録された九州本土西南・甑列島(来訪神の名は「トシドン」)は、北琉球の北方に続く「準・南西諸島」ともいえる地域。五島列島や対馬を挟み、北方の大陸と南方の島々を結ぶジャンクション的位置づけにある、興味深い地です(漫画『Dr.コトー診療所』の舞台のモデルとしてご存知の方も多いかもしれません)。

また、登録地の最南端である宮古島(来訪神の名は「パーントゥ」)は、その西に続く八重山諸島とともに、地史的・生物地理的に見れば、沖縄本島などの「中琉球」よりも、むしろ台湾や中国南部などとの強いつながりを持っています。

 

筆者は「琉球弧」にすむ生物の生物地理的な位置付けを現在考察していますが、今回はいい機会ですから、南西諸島一帯に多く残っている「来訪神」について、前々から考えていたことを書いてみたいと思います。

南九州の文化の成り立ちを調査し続けている鹿児島県在住の民俗学者・下野敏見(1929-)は、「南西諸島の歴史を正しく捉えるには、様々な時間軸と空間軸に基づく重層的視点からアプローチしなくてはならない」と示唆しています。

筆者の守備範囲は野生生物で、扱う時間の尺度は100万年~1000万年です。一方、民俗学や人類学が問題とするのは1000年~1万年単位の歴史ですが、この両者のあいだには時間の尺度が全く異なるのに、非常に類似した現象を見て取ることができます。こうした不思議な相似は、いわば「時間のフラクタル」とでも言えばよいでしょうか。

遣唐使、特攻隊、領土問題

ところで、三島村や十島村の村役場は、実は鹿児島市内にあります。同じ鹿児島港から桟橋を挟んで、両諸島に向かう立派なフェリーが出航しています。ただし、それぞれの行政区ごとに航路が異なり、北琉球の全ての島を訪ねようと思うと、かなりの日にちが必要となります。

この海域は、古くは遣唐使の一行の航路であり、第二次大戦末期には、特攻隊の若者が最後に見たであろう島々が浮かぶ場所でもあります。現在でも、ときおり海賊もどきが現れているようです。真偽の程は知れません(以下の話題を含め、少々誇張はあるとしても、ほぼ事実ではないかと思われます)が、現地の人から「台風が来ると島の人口が増える」と聞いたことがあります。

過疎化も深刻です。これは昔(50年近く前のことですが)、三島列島の黒島で聞いた噂話。島の若い独身男性が鹿児島市内に行き、女性とデートしてきたときは、その証明に喫茶店などの2人分のレシートを役場に提出したら、報奨金が出る――。

虎視眈々と「土地」を狙う人々もいます。某国の駐日大使を務めていたある人物は、かつて屋久島を訪れた際、遥か沖に見えるトカラ列島を指さして「あの辺りの島は、本来は我が国の領土なんだが」と真面目な顔で宣った、なんて話もあります。

いわば日本の辺境であり、出口です。ということは、反対側から見れば入口でもあります。辺境であると同時に、中心であるとも言えます。