東京五輪の「選手団ユニフォーム」を珍妙なものにしないための一考察

そもそもどうやって選ばれているのか?
安城 寿子 プロフィール

シドニーの「悲劇」はなぜ起きたか

JOCのトラウマになっているというシドニーオリンピックの選手団公式服装とはどのようなものだったのだろうか。

レインボーカラーのマントと言えばご記憶にある方もおられるだろう。あれである。旧制高校の「バンカラ学生」のような高い襟が特徴的なマントで、色は、レインボーカラー、オレンジ色のグラデーション、黄緑色のグラデーション、空色の四種類。マントの下には濃紺のスーツを身に着けていたが、開会式の映像では、マントの丈が長いためほとんど分からない。

シドニー五輪の選手団公式服装〔PHOTO〕Gettyimages

すでに触れた通り、結果は最悪だった。2000年9月19日の『夕刊フジ』によると、開会式終了後、「東京にある日本オリンピック委員会事務局に抗議の電話が殺到し」「八対二の割合で『日本らしくない』など、マントに批判的な内容が多く、電話が鳴りやまない状態が続き、職員が対応に追われた」という。同日付けの『日刊スポーツ』にも「JOCにブーイング殺到」とある。

JOCはオリンピック開幕に先立ち選手団公式服装のデザインを発表するのが恒例になっているが、この時は、「開会式当日のサプライズ」という異例の形でこのマントが披露された。関係者の間では「一枚の絵画のように美しいマント」が絶賛されることになっていたらしい7

 

皮肉なことに、日本の歴代選手団公式服装の中で最も多くのファッション関係者が携わって生み出されたのがこのマントだった。デザインを手がけたのは、JOCから依頼を受けた公益財団法人日本ユニフォームセンター(以下、NUCと略す)所属の5人のファッションデザイナー8。5人の氏名は現在に至るまで明らかにされていない。そして、選考委員には、委員長の森英恵をはじめ、ファッションデザイナーの安部兼章やドン小西が名前を連ねていた9

なるほど、JOCからすれば、「ファッションの人たち」が寄ってたかっておかしなものを作ってくれたということなのかも知れない。

だが、よくよく調べてみると、この時の選考方法にはおかしなところがある。「選考委員会」と言うからには、NUCを含む複数の候補者によるデザイン案を審査する場を想像するが、そうではない。公開されている情報から判断する限りで、審査の対象になっていたのはNUC所属のファッションデザイナーたちから提出されるデザイン案で、しかも、選考委員を務める6名のファッション関係者のうち4名は当時NUCの役員だった10NUCによるNUCのための「内輪コンペ」といった印象である。

JOCに苦情が殺到するようなマントが生まれた原因のかなりの部分を占めているのがこの「内輪コンペ」であると筆者は考えている。

各コミュニティやネットワークには、そこに属する大多数の人々によって共有されている考え方や感じ方というものがある。それは、部外者には全く理解できないものであったりもする。だから、特定の付き合いの輪を離れたところでは非難轟々という事態を避けるためには、様々なバックグラウンドの人々が集って批評し合える環境がなければならない。シドニーオリンピックではそれと真逆のことが行われていたわけだ。

これは今後に生かされるべき教訓である。

やはり、ファッションデザイナーを一括りに否定して済む話ではない。

2020年の東京オリンピック開幕までまだ時間はある。既におかしな計画が進められている気配を感じなくもないが、今からでもいい、過去の反省を最大限に生かして広く愛される選手団公式服装が生み出されることを願ってやまない。

2018年12月14日追記:

2018年11月10日、JOCは、紳士服専門大手のAOKIとスポンサー契約を結び、同社が2020年東京五輪の「公式服装」として「ビジネス、フォーマルウェア」を手がけることになったと発表したが、この点について補足する。

選手団が身に着けるユニフォームには複数の種類がある。従来、夏季五輪の「公式服装」としては、「式典用」「渡航用」の二種類の他にトレーニングウェアが製作されてきた。この場合、開会式で着用されるのは「式典用」の「公式服装」である。

また、冬季五輪では、「公式服装」という名称でスーツが、「オフィシャルスポーツウェア」という名称でスポーティなテイストのユニフォーム一式が製作され、開会式では後者が着用されることが多い。もっとも、こうしたことも含めてしばしば変更されるため、以上はあくまでここしばらくの傾向として指摘できることである。

現在、ユニフォームに関係がありそうな企業としてJOCのスポンサーになっているのはアシックスとAOKIで、それぞれが自社製品を提供する優先権を持っているが、2020年東京五輪の開会式で着用されるユニフォームをどちらが担当することになるかはまだ分からない。

どちらも担当しないということもありうるし、デザインだけ著名なファッションデザイナーに依頼し、どちらかが生産だけを担当するということもありうる。現時点で確かなのは、アシックスとAOKIが東京五輪で何らかのユニフォームを提供するということだけである。

ちなみに、平昌冬季五輪(2018年)では、AOKIがスーツを、アシックスがダウンジャケットを含むユニフォーム一式を提供し、後者が開会式を飾った。


*1)オリンピックの慣例として、開催国の選手団は入場行進の最後に登場することになっている。
*2)東京コレクションは、パリコレクションやロンドンコレクション同様、様々なブランドが春と秋の年二回新作のファッションショーを発表する場となっている。
*3)選手たちが移動時に身に着ける「渡航用」のユニフォームについてはプロポーザル方式の公募が行われ、平昌ではAOKIの、ソチでは大丸の提案が採用されている。
*4)この場合、スポンサー企業のスポーツウェアメーカーは選手団のトレーニングウェアを提供する。
*5)1964年の東京オリンピックの選手団公式服装を「ヴァン」の石津謙介がデザインあるいは監修したとする説があるが、これについては以下の拙稿を参照。
「64年東京五輪「日の丸カラー」の公式服装をデザインしたのは誰か」
「64年東京五輪「日の丸カラー」の選手団公式服装をめぐるもう一つの問題」
*6)筆者はこの点に関する示唆をファッションの歴史と理論を専門に研究している蘆田裕史氏から与えられた。本稿は全体として蘆田氏の助言に負うところが大きい。この場を借りて御礼を申し上げたい。
*7)NUCの機関誌である『ザ・ユニフォーム』2000年7月号や10月・11月合併号を参照。
*8)NUCはユニフォームに関する調査研究や助言を行うことを目的に1962年に設立された。当時のNUCの役員名簿には、永澤陽一、松島正樹、大矢寛朗など多くのファッションデザイナーの名前がある。
*9)選考委員は5名のJOC関係者と6名のファッション関係者で構成されていた。
*10)安部兼章、ドン小西、久田尚子(東京ファッションデザイナー評議会会長)、平田暁夫(帽子デザイナー)は1999年度におけるNUCの役員だった。2000年度の役員については『ザ・ユニフォーム』に名簿の掲載がなかったため不明である。
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