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セコム役員も務めた物理学者はなぜ「福島・飯舘村」に移住したか

田尾陽一さん(77歳)の決断

なぜ「福島・飯舘村」に

昨年3月に、原発事故による避難指示が解除された福島県飯舘村。田尾陽一さん(77歳)は、解除後すぐに東京から住民票を移した。

いまは、税理士資格を持つ妻と一緒に村内のログハウスに暮らしている。7年前にNPO法人「ふくしま再生の会」を立ち上げた田尾さんは、村内の放射線量分布マップの作成や、山林に入って土壌汚染を調べる作業を行っている。

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「会に参加しているのは、村民や村外のボランティアをはじめ、大学の研究者など様々です。農業や山林再生に取り組んでいますが、物理学を勉強していた僕にできるのは、村内の放射線量を測定し、客観的なデータを提供することです」(田尾さん)

田尾さんは、東京大学大学院でエネルギーについて研究した物理学者だ。'79年には、仲間と会社を立ち上げる。コンピュータを使ったコンテンツ制作を手がける事業で、いまのIT企業の先駆けだった。

 

しかし、資金繰りに困ったため、セコム創業者の飯田亮氏に「私の会社を買ってくれませんか」と提案。'84年に買収されると、グループ会社の社長を経て'95年にはセコム本社の取締役となった。'06年に退職したあと、NPOを立ち上げた経緯を田尾さんはこう振り返る。

「今の活動は、『被災地の放射線量はどうなっているのか』という疑問から始まったものです。国や専門家が放射線汚染の正確なデータを示さないので自分たちでやるしかないと、技術者や研究者が集って会を作りました」