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元貴乃花離婚で注目…「花田ブランド」を選んだ女性たちのある困難

河野景子、花田美恵子、藤田紀子

「これまで支えてくださいました多くの方々に心より御礼申し上げます。今後とも私たち2人を温かく見守って頂けましたら幸いでございます。河野景子」

河野景子。

元貴乃花親方の花田光司氏との離婚が明らかになった同氏の公式コメントの最後の文字に「ドキッ」とした人も多いのではないか。

あの晴れやかな結婚披露宴から離婚に至るまで「花田景子」「おかみさん」として生きた23年間の月日は、フジテレビアナウンサー「河野景子」として活躍した7年間の実に3倍。

女子大生ブームの真っただ中、上智大学の「ミスキャンパス」に選出され、読者モデルとして『週刊朝日』や『CanCam』の表紙を飾ってきた時代を入れても、河野氏が社会に出てからの半分以上は「花田」で過ごしていることになる。

仕事の継続や社会での認知等を考えれば「婚氏続称」をして「花田」を引き続き使用することもあり得るのかと思っていたが、すでに公式ページも「河野景子」に変更されている。ただ、時間がなかったのか、トップページの挨拶文の署名は「花田景子」のままである(2018年11月30日現在)。

株式会社ル・クール公式サイトより

離婚に至るまでには長い葛藤や熟考があったのだろうが、少なくとも氏の選択に関しては直前まで決めかねていたのかもしれない。

若貴兄弟と婚約会見

「今日限りお前たちとは親方と弟子になる。パパとママの呼び方は許さない。親方とおかみさんだ。わかったな」

河野景子氏の元夫である花田光司氏は15歳の時、兄の虎上氏とともに父である花田満氏(元大関貴ノ花、のちに二子山親方)が親方をしていた藤島部屋に入門する。

幼さを残す若貴兄弟が自宅から相撲部屋へと引っ越し荷物を運ぶ映像は、これから行く道の厳しさを語るに十分で、母・紀子氏の心情を思えば、誰もが切ない気持ちになっただろう。

稽古に耐え抜いた彼らは見る見るうちに力をつける。「若貴兄弟」と呼ばれその活躍は日本中を「相撲ブーム」へと巻き込んで行った。

 

国民的スターとなった「若貴兄弟」は土俵での活躍もさることながら、婚姻、出産、離婚というプライベートな部分でも話題を提供し続けた。

花田光司氏は1992年、女優宮沢りえ氏と婚約。しかしたった2ヵ月で婚約解消に至る。どちらも「会見」という形でテレビ中継された。

虎上氏は1994年に結婚。妻となる栗尾美恵子氏は雑誌『Olive』等で人気のモデルで、大学を卒業した後は日本航空の客室乗務員をしていた。婚約記者会見では栗尾氏の天然キャラも話題になった。