三島由紀夫の自決の謎に連なる、もう一つの「不可解な謎」

『豊饒の海』のラストをどう読み解くか
大澤 真幸 プロフィール

徹底した自己否定につながる、衝撃の結末

月修寺で対面したときに聡子が発した言葉に、本多はびっくりする。

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「その松枝清顕さんという方は、どういうお人やした?」聡子は本多の口から清顕について語らせようとしているのだろうと推察し、本多は、ひとしきり清顕について物語った。これを聞き終わった聡子の反応は、まことに意外だった。彼女は感慨のない平坦な口調でこう言ったのだ。

「えろう面白いお話やすけど、松枝さんという方は、存じませんな。その松枝さんのお相手のお方さんは、何やらお人違いでっしゃろ」

本多は愕然とする。目の前の門跡が、俗名「綾倉聡子」という、あの女性であることは間違いない。しかし、彼女は、清顕の存在も、また聡子と本多が知り合いだったとういことも、すべて本多の勘違いであり、彼の記憶(違い)が造り出した幻影ではないか、と言う。そうだとすると、清顕は存在していなかったことになる。

清顕が存在しないならば、勲も、ジン・ジャンもいなかったことになる。それだけではない。本多は叫ぶ。「・・その上、ひょっとしたら、この私ですらも・・・」。絶対に疑いようもなく存在していると普通は見なされている「この私」すらも、存在していないことになってしまうのだ。

何という結末であろうか。本多と聡子が対面するシーンは、四巻の大長篇の最後のほんの数ページである。この数ページによって、登場人物のすべてが存在していなかったことになる。この小説の、それまでの筋もなかったことになる。

結局、これは作品世界の全否定であり、これ以上ありえないレヴェルの徹底した自己否定だ。展開がすべて無だったことになるのだとすれば、われわれ読者は何を読まされていたことになるのか。

したがって、三島由紀夫をめぐる第二の謎は、『豊饒の海』の結末はどうしてかくも(自己)破壊的なものになっているのか、である。何が、どのような衝動が、三島に、このような結末を書かせたのだろうか。

 

三島自身にも予想できなかった物語の最後

まず、確実に言えることは、三島が、このような結末を意図して、『豊饒の海』を書き始めることは不可能だ、とうことだ。書いてきたことが結局、無に帰するような、そして読者を騙すような小説を、最初から意図して書くことはできない。

実際、『豊饒の海』のために三島が残している創作ノート等の資料から、三島が、この長篇の起筆時においては、こんな破壊的な終わりを予定していなかったことが、つまりまったく違う普通の積極的・建設的な結末が計画されていたということがわかっている。

ならば、いつ三島は計画を変更し、このような結末にしようと決めたのだろうか。

遅くとも、第四巻を書き始めるときには、このラストは予定されていたのだろうか。第三巻の『暁の寺』を書き終え、第四巻の『天人五衰』を書き始めるまでの間の期間に書かれた「第四巻plan」というタイトルをもつ創作ノートがある。

この中には、第四巻の筋について二つの計画が書かれているが、どちらにも、実際に書かれたような否定的な結末は予定されてはいない。

それでも、第四巻の連載を始めたときには、あのような結末を目指して三島は書いていたのではないか、と推測している研究者が多いようだ。しかし、私はそうは思わない。

誰もあのような結末を意図して、物語を叙することは不可能だ。結末は、小説の骨格となる基本的な主題(輪廻転生によって保証されているアイデンティティ)を否定しているからだ。

結末をあらかじめ意図して三島が書いたとすれば、それは、作品の全体が読者を愚弄するペテンだった場合だけだが、そんなことはないだろう。

そうだとすれば、三島は、事前のどの段階でも、あのような結末を構想したことなどないはずだ。ただ書いているうちに、作者である三島自身も制御できない流れの中で、あのような結末に到達してしまったのだ。

結末への過程は、作者自身も自覚できていない無意識の論理に導かれていたのである。このように結末に至って最も驚いたのは、作者本人だったかもしれない。実際、小説内での三島の分身である本多は、結末で茫然自失している。