毒蝮三太夫(写真/関根虎洸)

戦後を芸で生き抜いた「全身芸人」が語る、戦争の記憶と人間の逞しさ

毒の中にも優しさがある

毒蝮三太夫の「優しさ」

ずっと芸人の「老い」について書きたいと思っていた。

劇場、寄席――芸人は躯ひとつで観客と日々対峙している。ときに自分に全く興味のない観客に囲まれることもあるだろう。長年生き残ってきた芸人は、観客席の反応を掴んで対応する瞬発力でねじ伏せてきた。そもそも、人を笑わせることは実に体力を消耗するものだ。瞬発力と体力、この二つは年を取ると必ず衰えて行く――。

知的瞬発力と体力が必要なのは、ぼくたちのようなノンフィクションの書き手も同じだ。インタビューでは、どれだけ準備をしても思ったように進むことはほとんどない。ぼくは想定内の答えが返ってきたインタビューは失敗であるとも思っている。想定以上の話を引き出すことが出来るか。それが聞き手の腕でもある。

田崎健太さんが12月に上梓した最新刊『全身芸人』

インタビューとは判断の連続である。相手が調子良く話しているときは流れを止めないこともあれば、敢えて話の腰を折り、必要なことを聞くこともある――。

そして、体力。短い原稿はともかく、単行本のような長い原稿になると、最後の質を決めるのは少しでもいい原稿にしたいという気力、執念である。体力はその気力を裏支えすることになる。

今年、ぼくは50歳になった。まだ体力の衰えは感じないが、どこかの時点で下り坂に入っていく覚悟は出来ている。だからこそ表現者の先達である、芸人たちがどんな風に「老い」と向き合っているのか、興味があった。

まず月亭可朝さんから始め、松鶴家千とせさん、毒蝮三太夫さん、世志凡太さん、浅香光代さん、そしてこまどり姉妹に話を聞いた。

世志凡太・浅香光代夫妻(写真/関根虎洸)

連載開始前、決めていたのは、必ず彼ら、彼女たちの出演している舞台を見ることだった。これは、彼らが今も現役であるということと同義でもある。

二つ目は複数回取材すること。芸人に限らず、人は必ず嘘をつく。その嘘を見抜くのは時に難しい。多面体である彼らに対して、一度の取材で済ませることは、通り一遍なものになってしまう可能性が高い。ある一定の期間を掛けて、関係を築きながら話を聞いていこうと考えたのだ。

生い立ち、売れるまでの苦労、芸のこと、様々な話を聞いた。

例えば、まむしさんこと、毒蝮三太夫さん――。

まむしさんはラジオの中継現場で、観客を「ジジイ」「ババア」と呼ぶことで有名である。これについて彼はこう言う。

 

「ジジイ、ババア、くたばり損ないって辺り構わず言っているわけじゃない。そう言われて笑って受け流しそうな人、口答えできそうな人をちゃんと選んでいる。本当に弱い人、元気のない人には言わないよ。

俺はあまのじゃくなんだ。普通ならば人に嫌われるような言葉を掛けて、相手に笑ってもらい、また俺に会ってもらいたいと思ってもらえれば面白いじゃないか」

彼の毒には優しさがある。