魅惑のプルシアンブルーに秘められた「未来を変えるチカラ」

驚異のアンモニア吸着力で低窒素社会へ
深川 峻太郎, ブルーバックス編集部 プロフィール

空気中の「不要物」から肥料ができる!

だが、優れているのは吸着力だけではない。吸着したアンモニアを取り出して資源として再生できるのも、プルシアンブルーの利点である。

「再生の方法は2つ。ひとつは、加熱です。熱でアンモニアを飛ばすと、また欠陥サイトの手が空くので吸着できる。実験では、アンモニアの吸着と加熱を4回くり返しても、吸着力は劣化しませんでした。もうひとつの方法は、希酸洗浄です。希硫酸で洗うとアンモニアが離脱するんですね。こちらは吸着と洗浄を10回くり返しても吸着力が落ちませんでした。くり返し使用できれば、コストが低くなります。そして、離脱したアンモニアは回収可能ですから、肥料などに再利用できるでしょう」(高橋さん)

ということは、東京ドームで(いや、どこでもいいのだが)タダの空気から集めたアンモニアを使って、化学肥料を作れてしまうということだ。

当初は高橋さんの思いつきにダメ出しをした川本さんも、いまはその点を高く評価しておられる。

「これまで紆余曲折ありましたが(笑)、ちゃんとした事業になれば、きわめて新しいコンセプトになると思います。工場廃液や都市鉱山など、液体や固体のゴミを資源として利用する話はありましたが、私が知るかぎり、空気中の要らないものを集めて資源化するというのは聞いたことがありません。どこの空気中にもある目に見えないものがいきなり肥料になるとしたら、じつに面白いですよね」(川本さん)

いやー、よかったよかった。まだ「ちゃんとした事業」にはなっていないが、実用化へ向けた研究は順調に進んでいる。「企業秘密」とのことで詳しくは教えてもらえなかったが、放射性セシウム吸着材の研究で培った成型技術を応用することで、フリーズドライや、不織布の担持体(たんじたい=物質を固定する土台のようなもの)などが作成されているそうだ。

【写真】フリーズドライと不織布
  銅の類似体を乾燥させて粒状にしたフリーズドライ(左)と、プルシアンブルーを不織布に定着させたもの(不織布の左)、銅の類似体を定着させたもの(同右)。不織布の厚さはいすれも0.5ミリ

「フリーズドライの粒々ならトイレや冷蔵庫などの中に置いて使えますし、不織布ならスポーツウェアに織り込んで汗のアンモニアを除去することもできるでしょう。介護施設のカーテンや寝具に利用してもよいと思います」(川本さん)

現在は、畜舎の悪臭対策プロジェクトも実施中だ。 豚舎や堆肥化施設の空気を外に吸い出して、アンモニアはプルシアンブルーで除去してから、屋内に戻す。除去したアンモニアは加熱や洗浄によって回収するという流れだ。

ただしこのプロジェクトは、人間のためだけにやるわけではない。

「豚舎は汚いのが当たり前だと思われているかもしれませんが、本来、豚はきれい好きでデリケートな生き物なんです。だから豚舎の悪臭は、豚自身の健康を害することもある。最近では、飼育環境におけるアンモニア濃度を人間の労働環境と同じ基準(25ppm以下)にすることが求められています」

生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)」の支援で実施

来たるべき「低窒素社会」に備えて

時代が変われば、アンモニア対策も変わるのである。前述したとおり、半導体工場や水素燃料などの需要もあるので、早い実用化が待たれるところだ。いずれは日本も、社会全体でEUのようにアンモニア削減目標を設定することになる可能性は高い。「低炭素社会」の次は「低窒素社会」だ。

「あれこれ高橋にも文句をつけながら(笑)最終的にこの研究にゴーサインを出したのも、近い将来、『炭素の次は窒素』が社会的な課題になると確信できたからです。まだ日本では窒素循環の問題は顕在化していませんが、あと何年かすれば、必ず浮上してきます。そのときに『われわれはすでにこの技術を持っています』と胸を張れるだけの準備をしておきたいですね」(川本さん)

まさに、「時代の半歩先を行く」ような研究だ。世の中が自分たちの研究に追いつくのを待ち伏せしているみたいで、じつにカッコイイと思いました。プルシアンブルーが低窒素社会という「安全地帯」をもたらす日は、そう遠くない。

ちょっと残念だったのは、見せてもらったフリーズドライの粒々が茶色かったこと。いくら「物質」としての構造が大事とはいえ、「プルシアンブルー」という色はイメージがよいので、商品化にあたっては青く着色できないものですかね──などと余計なことを申し上げたのだが、高橋さんも「たしかに見た目は大事ですよね」とおっしゃる。

「たとえばコンニャクは、もともと灰汁を使って作るから灰色になったのですが、いまは灰汁を使わないので白いコンニャクができるんですね。でもそれではコンニャクらしくないので、わざとヒジキの切れ端などを入れて灰色にするそうです。プルシアンブルーも、着色で吸着力が変わることはないので、考えてみてもいいかもしれません」(高橋さん)

最後は取材なのか企画会議なのかよくわからなくなってしまいました。「安全地帯」つながりで、「プルシアンブルー」と「ワインレッド」の2色を用意すると楽しいかもしれない。

プロフィール  
【写真】高橋さんと川本さん

高橋 (たかはし・あきら)(写真:左)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ナノ材料研究部門 ナノ粒子機能設計グループ 主任研究員

川本 徹(かわもと・とおる)(写真:右)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ナノ材料研究部門 ナノ粒子機能設計グループ 研究グループ長

私たちの研究グループでは有害物質や有用物質の回収など、資源・エネルギー技術の確立をめざしています。そのために、プルシアンブルーなどの機能材料をナノ粒子化し、材料がもつ機能の改良や新たな機能を引き出す研究を行っています。

取材協力: