魅惑のプルシアンブルーに秘められた「未来を変えるチカラ」

驚異のアンモニア吸着力で低窒素社会へ
深川 峻太郎, ブルーバックス編集部 プロフィール

わざと「欠陥」をつくって吸着力アップ!

しかし、アンモニアを除去するだけでなく、回収して再利用できるなら一石二鳥である。川本さんのダメ出しにもめげずに研究を進めた高橋さんは、プルシアンブルーの構造をナノメートル(10億分の1メートル)のオーダーで観察した。

すると、0.5ナノメートルぐらいの幅の穴が開いているのが見つかった。アンモニアの分子の大きさは0.26ナノメートルなので、この穴に入ることができる。つまり、アンモニアを吸着できるのだ。

【図】空隙サイトにアンモニア分子を吸着
  プルシアンブルーの空隙サイトの大きさは0.5ナノメートル、アンモニア分子の大きさは0.26ナノメートルだから、アンモニアを吸着できる(©産総研)

「吸着材といえば、一般的には活性炭が有名ですよね。活性炭が優れているのは、いろいろな大きさの穴が開いている点です。小さい穴から大きい穴まであるので、多様な分子を吸着できる。

一方、プルシアンブルーは穴の大きさが均一なので、吸着できるもののサイズも限られています。だから、いろいろな物質を吸着したいなら活性炭が有効ですが、狙いをアンモニアに絞って選択的に吸着したいなら、プルシアンブルーのほうが有効なんですね。活性炭はアンモニアの吸着力があまり高くないんです」(高橋さん)

また、活性炭はヤシの実や木片など天然の原料から作るので、いつも同じものができるとはかぎらない。穴の開き方が違えば、何をどれぐらい吸着するかも変わってくる。それに対してプルシアンブルーは人工的な合成物なので、再現性が高い。しかも、分子構造に手を加えることで、吸着力を上げることもできる。じつはその方法を見つけたことが、この研究における大きなブレイクスルーだった。

「もともと存在する空隙サイトだけでなく、あえて一部が欠けた『欠陥サイト』を作ることで、そちらでもアンモニアを吸着することができるようになったんです。欠陥サイトでは、鉄イオンから出ている『手』が空くので、そこにアンモニア分子がくっついてくれるからです」(高橋さん)

【写真】欠陥サイトのイメージ
  欠陥サイトのイメージ。構造モデルの左上角を取り外して欠陥をつくったところ
【図】あえて「欠陥サイト」をつくる
  あえて一部を欠損させて欠陥サイトをつくることで、アンモニアの吸着力が向上する(©産総研)

ちなみに吸着する能力については、ブルーだけでなく「どの色でも吸います」とのこと。

「赤い色をした銅のブルシアンブルー類似体を使った実験でも、欠陥率を上げるほど吸着される分子の数も増えることがわかりました」(高橋さん)

では、その能力はどれほどのものなのか。それを示したのが、次のグラフだ。

右の2つが市販のアンモニア吸着材、左の3つがプルシアンブルーとその類似体。市販のアンモニア吸着材を見ると、高橋さんの言葉どおり、活性炭はいちばん低い。イオン交換樹脂はそれよりもかなり高いが、真ん中のプルシアンブルー(PB)のほうが優秀だ。

さらに、鉄を銅に交換した類似体(左から2番目)と、コバルトに交換した類似体(いちばん左)では、イオン交換樹脂の10倍近い吸着力になる。プルシアンブルーより類似体のほうがかなり吸着力が高いのは、そうなるように構造を最適化した「改良版」だからだ。人工的に分子構造を変えられるプルシアンブルーの強みがここにある。

【グラフ】吸着剤の比較
  従来の吸着材との能力比較。縦軸は1キログラムあたりに吸着可能なアンモニア量(モル)。左の2つのプルシアンブルー類似体は強い吸着能を示した

しかし、このデータを見ただけではプルシアンブルーの威力が実感としてわからない。そこで高橋さんが素人の私のために使ってくれた尺度は「東京ドーム」だった。うんうん、何事も「東京ドーム何個分」といわれるとわかりやすいよね。

「たとえば、いま私たちがいるこの部屋の空気にも、10ppb程度のアンモニアが含まれています。汗をかいたりしますからね。それぐらいの低濃度でも、プルシアンブルーはアンモニアを吸着してくれます。一升瓶くらいの量のプルシアンブルーがあれば、東京ドーム1杯分の空気からアンモニアを除去して清浄化できますよ」

おお、それは強力だ。心底から納得した。アンモニア吸着材としてプルシアンブルーが優れているのは、明らかだ。