持続的成長を遂げる企業の経営者に共通するのは、その企業についての現場感覚があること、つまり、事業に精通していることである。
経営者に事業の現場感覚がなければ、また自社の事業に精通していなければ、鋭角的な意思決定ができない。慣例や既存の考え方、しがらみに囚われて新しい発想、行動ができない。経営者は常に現場の情報を重視し、現場の生の情報に基づいて判断しなければならない。
そのため、経営者は現場に自ら足を運び、現場の生の情報を肌で感じ取り、意思決定を行うことが不可欠である。
その点、東レ社長の日覺昭廣ほど現場感覚を重視し、現場視点で本質を見抜く眼力を持つ経営者を私は知らない。
その口癖は「すべての答えは現場にある」。
事実、日覺は2010年、社長就任以来、毎年30ヶ所以上、国内外の事業所、工場を回り、自らのビジョンや想いを現場に繰り返し伝えると同時に、現場で起こっている問題や抱えている課題を聞き出す。
また、意思決定の過程も、事業経験が豊富で、現場の状況をよく把握している役員たちの意見や主張を重視する。
なによりも日覺の現場重視の経営は取締役の人数に表れている。多くの企業が意思決定の迅速化を図ろうと数を減らす中、東レは25人も抱える。
「当社の取締役は皆、それぞれ現場を経験し、その分野を熟知するその道のプロ。そんな人たちが意思決定の場にいるからこそ、最善の決断を下せるのです」と日覺は言う。
では、日覺はどうやって現場主義を身に着けたか。そもそも日覺は東京大学工学部舶用機械学科卒業後、同大大学院でシステム工学の修士号を取得し、東レに入社。東レでは院卒は中央研究所に配属するのが通常だが、日覺はプラントなどを設計するモノづくりの仕事を希望した。
最初に現場の凄さを目の当たりにしたのは、入社後配属された滋賀事業場であった。フィルム製造設備の建設を担当するが、設備には毎日のように不具合が起こる。
現場では、中卒や高卒の従業員が簡単な工作機械を使って、自らの手で直している。日覺は、「何でも自分たちでやるという姿勢が非常に頼もしかったし、現場経験がいかに必要かを切に感じました」と述懐する。
「答えは現場にある」を実感したのは1976年、岐阜工場工務課でPETフィルム工場の建設工事を担ったときだ。
本社が設計し、工場現場とスペックなどの打ち合わせを行うが、現場の意見が通らない。同じ設備を用いて同じラインを作っても、ちょっとした機械の傾きや使う水の水圧の強弱によってもできるフィルムは違ってくる。
そんな現場を本社は知らない。現場スタッフはすべて自分で見て確認し、経験している。日覺は現場側を支持し、本社の意見を覆すことが一度や二度ではなかった。
日覺は1989年、米国でフィルム新工場を立ち上げたときも、現場主義を徹底させている。
米国の製造業を担うワーカーはアワリーと呼ばれ、時給で働く。
彼らの仕事はマニュアル通りやること。生産ラインにトラブルが生じても、対応するのは大卒のエンジニア。そこで日覺は高卒ワーカーのモチベーションを高めようと、エンジニアになるための資格制度を新設し、大卒のエンジニアと同じ待遇を与えることにした。