こうなってからでは遅い…… Photo by iStock

殴りかかられて…81歳・認知症の父に運転をやめさせる手段探しの道

運転免許に固執する父との奮闘記:前編

2018年の5月だけでも、茅ヶ崎で90歳の女性が次々と歩行者をはね4人の死傷者を出す事故、愛知では免許返納を促され自暴自棄になった高齢の男性が放火事件などが起きた。この1年だけで多くの高齢者の運転トラブルが世間を騒がせている。内閣府の調査では、平成28年度運転により起こした死亡事故の件数は75歳以上が全体の13.5%を占める

人口10万人あたりの件数は、2倍以上の数だ。2017年3月に道路交通法が改正され、高齢者の免許更新が厳しくなったはずだが、なぜトラブルは増え続けるのか。そのヒントを探るために、ライターの田中亜紀子さんが高齢の認知症の父に運転をやめさせることができた体験談をお届けする。「修羅場だった」と田中さんがいう約1年の格闘は、まず「取り上げる手段探し」から始まった。

 

この世にない家を探し回る父

自分の衰えを悟ることができる高齢者は運転をやめるが、衰えを自覚できない、あるいは認めない高齢者ほど運転をやめない。病院で認知症と診断されてもなお、医師や周囲に黙認されて運転を続ける人さえいる。そのことを私は知った。うちの父親がまさにそうだったから。

数年前から、父の車に乗った親類から「道がわからなくなっているみたい」などの指摘を受け始めた。ことあるごとに「もう運転はやめて」とお願いしたが、父は聞く耳を持たない。2016年暮れのことだ。自身の兄の通夜に車で数時間前に向かった父が、いつまでたっても現れない。何と数十年も前に引っ越し、とっくにこの世にない兄の昔の家を、車で探し回っていたのだ。

これはもう限界だ。それまで父の車に関心を払っていなかったが、2017年の元旦に改めて父の車を改めて見てみた。すると、後ろのライトはテープでとめてあり、あちこちにこすった傷がついている。ためいきをつき、父が大きな事故を起こす前に免許をとりあげねばと、強い決意をした。

当時81歳の父が衰えを認めなかったのは、長年、無事故無違反なことと、元校長でプライドが高いことにあったと思う。15年前に母が亡くなって以来、近年は自室でテレビばかり観ており、その合間に日に4回以上車で出かける。車で約15分の距離に妹の家族がいるが、妹はパートに出て多忙ゆえ、なかなか孫たちとの交流の場を設けられないという。父にとって車が唯一の気晴らしではあったのだろう。

「運転をやめて」というと殴りかかる

そんな父と東京都近郊の家に同居している私は独身で、不規則なライター業をしている。元旦の決意以来、父の運転をとめるため何度も話をしたが、「自分のことは自分が一番わかっている」と聞かず、殴り掛かってきたことさえある。家で仕事をしているので、日に何度も父が車で出るのが目に入る。妹にも説得を頼んだが、「まだ運転できるのに大げさだ」と言われるだけ。孤立無援でほとほと疲れていた。

まずは認知症の検査を受け、医師から説得してもらおうと考えた。しかし、検査に行こうと父に提案しても、「失礼だ!」と怒り狂う。家族と暮らしていてもこうなのだから、一人暮らしの高齢者が自ら認知症の検査や免許返納の手続きに行くことはほとんどないに違いない。

殴って救急車を呼ぶかとまで思いつめる中、父の奇行は進み、口論も続いていた。

夏が近づいたある日、金融機関の手続きでマイナンバーを求められた父が、「そんなものは見たことも聞いたこともない」と大騒ぎしたことから、事態は動いた。父親が心を許している妹の夫に相談すると、マイナンバーの通知書の再発行とともに病院への同行を提案してくれ、何と父が了承。これは千載一遇のチャンスである。

近所のかかりつけの病院に二人が向かう間に、過去何度も相談しては「本人が来ないことには」と引き気味だった医師に、電話で父が向かったことを伝え「今日を逃したらもうチャンスはないので、運転をやめさせるようにお願いします」と念を押した。それを踏まえてくれたのか、先生は簡単な診察をしたその場で市民病院の神経内科に予約をとってくれ、翌週また妹の夫が付きそうことになった。「これで安心! 認知症と診断されれば運転をやめさせられる」と大げさではなく天にも昇る心地だった。

しかし、甘かった。自分を殴ってやりたいほど甘かった。