「誕生日プレゼントは何がいい?」と子に聞く親に抜け落ちているもの

世代間連鎖を防ぐ子育て論〈14〉
信田 さよ子 プロフィール

2人の子どもを育てる過程で、子どもが小学生のころは12月に入ると早々に、それとなくサンタさんにどんなプレゼントを運んでほしいかをリサーチしたものです。事前にその品をこっそり買っておき、イブの夜に枕元に置くようにしていました。

娘が4年生のときに欲しがったものは、「テクマクマヤコン」という呪文をとなえて振り回す魔法の杖でした。ところがどこのお店を探しても見当たりません。仕事帰りにデパートを探しても売り切れ続出だったのです。

途方にくれて、イブ前日の23日に、都心からかなり離れたデパートのおもちゃ売り場でやっと見つけたときには、思わず涙ぐんでしまったものです。

 

そうまでしてサンタクロースへの信頼を維持する必要があったのかとも思いますが、25日の朝にプレゼントを発見して、無心に喜ぶ娘の姿を見ると、苦労した甲斐があったとしみじみ思うのでした。

「ねえ、どうしてサンタさんは私が欲しいものがわかるのかなあ」と真剣に聞かれたときは、「ほんとだね、不思議だねえ」と答えながら、いつかはこのフィクションが終わるときが来る、だからこそギリギリまでそれを守ろうと思ったのです。

親同士の会話のネタとして、子どもが何歳までサンタクロースを信じていたかが話題になることもあります。

小学校に入ると、「本当はね、サンタさんなんていないの」と伝える親もいるようですが、あのワクワクしている子どもの目を見ると、「サンタさんが来るかなあ」というドキドキ感を失う時期は遅ければ遅いほうがいいのではないかと思います。

どうせいつかは醒めるものなら、ファンタジーを信じている期間は長いほうがいいでしょう。

ネタバレという言葉があります。映画や小説といったフィクションの結末が知らされることを防ぐために用いられますが、ときにはばらすのを当化するためのエクスキューズとして使うこともあります。

「サンタクロースなんかいない」と言うのは、まさに子どもにとってのネタバレなのです。それは、信じるがゆえに生じるプロセスのドキドキ感やうっとりする陶酔感に水を掛けてしまうことになります。こうやって失われてしまうものは、じつに大きいと思います。

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プレゼントは「受動的」なものである

クリスマスプレゼントの場合、それを贈る主体はサンタクロースですが、そのことは重要な意味を持っています。

日頃よき行いをするよき子どもであるからこそ、「○○が欲しい」という願いが聞き届けられるからです。

つまりプレゼントは、神にも似た超越的他者からの恩寵を意味するのです。恩寵とはまさに与えられるものであり、それを選ぶことはできません。

願いが届くかどうかわからない、もらえるかどうかもわからないという不確実性と、それを超えて与えられる受動性とは、子どもの意志を超えたできごとなのです。この受動性こそプレゼントの本質、プレゼントたる所以ではないでしょうか。

では誕生日のプレゼントはどうでしょう。昭和の時代と比べて、物は溢れすぎるくらいです。お金さえあればなんでも、いくらでも買えると子どもが考えるのも無理はありません。

いったい親は、どんなものを贈っているのでしょうか。そして、どうやってそれを選んでいるのでしょう。

博報堂こそだて家族研究所は、『ママリサ ~いまどきママリサーチ~』(http://mamastar.jp/special/mamarisa/index.do)で「子どもの誕生日プレゼント」について調査を行っています(2016年)。

それによると、誕生日プレゼントの選び方は、「子どもと一緒に選ぶ」が60%、「子どもに知らせずに選ぶ」が40%でした。

調査対象となった子どもの年齢が小学校低学年以下であることは、思春期にさしかかった年齢に比べるとまだまだ親の言うことに従う可能性が高いことを表しています。にもかかわらず60%が一緒に選んでいることは興味深いものです。

ちなみに、ママたちが購入に際して事前に参考にする情報源トップ3は、「子どもに直接聞く」「子どもを観察する」「家族に相談」となっています。

カウンセリングに来談する女性たち(40代~50代)約20人に同じ質問をしてみました。これはちゃんとした調査というわけでなく、グループカウンセリングが終わったころに聞いてみたものです。

彼女たちのほとんどが、誕生日プレゼントは子どもに「何が欲しい?」と尋ね、それを買ってあげます、と答えたのです。

子どもの年齢も、『ママリサ』の調査よりはるかに上で中学生以上であることも関係しているかもしれません。

特に40代の母親たちは、驚いた様子の私を見て、「いったい何が問題なんですか?」という表情でむしろびっくりされるのでした。