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「誕生日プレゼントは何がいい?」と子に聞く親に抜け落ちているもの

世代間連鎖を防ぐ子育て論〈14〉

「誕生日会」というセレモニー

子どもの誕生日を祝うという習慣は、いつから始まったのでしょう。近年では、お祝い会を開く、ケーキを買ってきて食べる、手間暇かけてケーキを焼く……その日は家族がそろって「誕生日おめでとう!」と言い、歳の数だけろうそくを立てて、いっせいにそれを吹き消す……、といったことが一般的になってきているようです。

「年を重ねることはおめでたいこと」というシンプルな生命観がそこにはあります。誕生してから今日までを振り返り、よくぞこの1年も成長してくれたという感慨とともに、その光景は、家族のセレモニーのひとつとなっています。

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しかし、これが正しい誕生日会という基準があるわけではありません。ちょっと奮発したレストランで食事をする家族や、その日だけは外食してラーメンを食べるという家族もあるようです。

また誕生日会はせずに、子どもにプレゼントだけ贈るという人も多いのではないでしょうか。

カウンセリングで出会う人からは、生まれてこのかた誕生日会の経験がないという話も聞きます。「Facebook上で、初めて自分の誕生日を祝ってもらった。これほど世界中のひとが誕生日を祝っているということに驚いた」と語った人もいます。

 

クリスマスにまつわるフィクションとネタバレ

あまりはっきりと覚えてはいませんが、昭和20年代後半に小学生だった私は誕生日プレゼントをもらった記憶はありません。

当時はクリスマスが唯一のプレゼントをもらう機会だったと思います。ジングルベルのメロディー、絵本で見る赤い洋服と白いひげのサンタクロースがクリスマスのイメージをつくっていました。

遠い北の国からトナカイのそりに乗ってやってくるサンタクロースは、プレゼントの入った白い袋をかついで、12月24日、イブの夜遅く煙突から入ってくるのだと堅く信じていました。

小学校に入ったばかりの私は、我が家の唯一の煙突があまりに細いためにサンタクロースが入れないのではないかと心配をしていたほどです。

しかし、枕元に靴下を置いて眠ると、ちゃんと翌朝にはその中にプレゼントが入っていました。どうやって煙突に入ったのかはわかりませんが、さすがサンタクロースだと感心したものです。

何をもらったかもすっかり忘れてしまいましたが、イブの夜のあのドキドキした感覚だけははっきりと思い出すことができます。

ひとめサンタクロースに会いたいと思い、必死で起きていようとしたのにいつの間にか眠ってしまったこと。朝、目が覚めた瞬間、プレゼントが届いていなかったらどうしようと、なかなか枕元の靴下を確かめられなかったこと。

すべては、サンタクロースの存在を信じていたからですし、両親がクリスマスプレゼントとサンタクロースにまつわる物語、フィクションを支えてくれていたからだと思います。