撮影/神立尚紀

「撮り鉄」となった元盗塁王・屋鋪要に学ぶ「第二の人生の楽しみ方」

定年前後世代、必読!

高齢化が進むなかで、定年後の人生ををどう楽しく過ごすか? これは、タイムリミットが迫っている50代のサラリーマン、あるいは、定年を迎えたばかり世代にとって、目前に控える難題である。そんな悩めるおじさんたちにとって、とても参考になりそうな先達がいる。

屋鋪要さん、59歳。サラリーマンなら定年を目前に控えた年齢だが、18歳でプロ野球の世界に身を投じた彼は、36歳で現役引退、46歳でコーチの職も辞し、いち早く第二の人生を歩み始めた。「第二の」といっても、あくまで本職は野球の指導なのだが、第二の人生を充実させているのは、彼が夢中になっている趣味なのだ。その趣味とは、長らく忘れていた子供の頃の夢の実現だった――。

 

保存蒸気機関車すべてを撮り尽くす

全保存機関車601輌を撮り切るのに、7年2ヵ月かかりました。全部撮影して回ろうなんて、ふつうは考えないでしょうね。途中で、自分でも『なにやってるんだろう』と思うことがありましたよ。
北海道にはいちばん多くの蒸気機関車(SL)が保存されているので、道東を回ろうと計画を立て、朝一番の飛行機で女満別空港に降りて、レンタカーで一般道を500キロ走り、仕事前夜の集合時間までにホテルにチェックイン、という感じで撮ってましたからね」

と、屋鋪要(59)は振り返る。

野球指導のかたわら蒸気機関車を追って全国を駆け回る。精悍な体つきは現役時代と変わらない(提供/屋鋪要)

かつてプロ野球の横浜大洋ホエールズ、読売ジャイアンツで活躍した、俊足巧打の外野手「屋鋪要選手」――1985年、高木豊、加藤博一、屋鋪要の3人で148盗塁を記録した、横浜大洋ホエールズの「スーパーカートリオ」の活躍を記憶するプロ野球ファンも多いだろう。

現在は、少年野球の指導に力を入れ、毎週月曜日から金曜日までは、首都圏各地で野球スクールを持ち、週末も年に30~40週、アマチュア野球の指導で日本全国を飛び回るなど、多忙な日々を送っている。これまで、野球の指導に訪れた土地は600ヵ所を超えた。

「ぼくには定年がないんです。体さえ動けば、頭さえ働けば、ずっと野球の指導をしていけるんです。あくまでメインは野球ですから」

そんな屋鋪がなぜSLの写真を?と、訝しがる読者もいるだろう。

じつは、屋鋪には、「鉄道写真家」という、もう一つの顔がある。カメラを手に、日本全国に点在する601輌の保存蒸気機関車を撮り尽くし、鉄道雑誌に寄稿。蒸気機関車の写真集も刊行している、その道ではすでに知られた存在なのだ。そしてその「機関車愛」の陰には、親、子、孫の三代にわたる知られざるドラマがあった。