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DV被害者なのに、強制入院で「身体拘束」された主婦が味わった恐怖

ルポ ブラック精神医療(2)

夫からの激しいDVで痛みと恐怖に震える妻が、110番通報を繰り返して助けを求めたーー。

ところが措置入院の現場では、必死に助けを求めた妻に、警察、保健所、精神科医(精神保健指定医)が十分な調査をせぬまま、思い込みで「精神錯乱者」などのレッテルを張り、不当な措置入院や身体拘束などの著しい人権侵害を行うことがある。

埼玉県で発生した極めて深刻なケースを見ていこう。

 

力まかせにパトカーに乗せられ…

2015年3月15日夜。埼玉都民が多く暮らす住宅街で、当時49歳だった川島友子さん(仮名)は同い年の夫に髪をつかまれ、引き回された。

DVのきっかけは、2番目の子がなかなかできないために生じた不協和音だった。難関の国家資格を取得して堅い仕事に就いている夫は、その反動なのか家に帰ると深夜までテレビゲームに没頭した。それは「息抜き」レベルではなく、「ゲーム依存」レベルのはまり様で、妻が不妊治療のためクリニックに通っても、ゲームのことしか関心を示さなかった。

そんなある日、川島さんは液晶画面とばかり向き合う夫の背中に向けて、たまらず愚痴を漏らした。夫は突然逆上し、大声を上げて川島さんに迫り、髪をつかんだ。それが始まりだった。

以来、殴る、蹴る、倒す、踏みつける、振り回す、などの暴力を数え切れないほど受けてきた。頭部への打撃で眼底出血を起こしたり、左耳が難聴になったりしたこともある。公的な相談窓口で悩みを打ち明けようとしたことは一度や二度ではない。だが「真実を伝えて夫が逮捕されたら、子供の人生まで狂ってしまう」との思いがいつも頭をよぎり、言葉に詰まった。

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場面を3月15日に戻そう。夫は休日で、昼間は子供を連れて遊びに出かけていた。しかし内心は、年度末の多忙な仕事のストレスで苛立っていた。子供を近くの実家に預けて家に戻った夫は、すでに飲んでいた酒の影響もあって、家にいた川島さんの何気ない言葉にまた爆発し、髪をつかんで引き回した。

「子供のため」「本当は悪い人じゃない」「私さえ我慢すれば」……。そう考えて必死に耐えてきた。だが、もう限界だった。

2階のリビングの端にある固定電話を手にした川島さんは、夫の暴力を一時的にでも止める脅しのつもりで「警察に電話するから」と伝え、110番を押した。それでも「逮捕して欲しいとまでは思わなかった」という複雑な心境にあり、受話器は耳にあてず、すぐにフックに戻そうとした。

その時、夫が受話器を奪い取ろうとして川島さんの右手首をつかみ、ねじり上げた。川島さんは「放して! 放して!」と叫び、夫は空いた手で電話線を引き抜いた。

埼玉県警の「110番受理指令処理用紙」には、この時の通話内容が「20代~30代の声で 助けて 助けて かなり大声で 他の声は聞こえず」と記されている。川島さんはこの記録について「すぐに電話を切るつもりでしたので、私は何も話していません。だれが『助けて』と言ったのか、全くわかりません」と首をひねる。

夫は「確かに妻は何も言わず、受話器を置こうとしていました。その時、私が腕をねじったので叫んだ『放して』という言葉が、受話器が遠かったせいもあって『助けて』に聞こえたのかもしれない」と振り返る。

まだ2人がもめている最中にチャイムが鳴り、夫が「ほら来ちゃったじゃないか」と怒鳴った。チャイムは繰り返し鳴り、玄関前の警察官が大声で何度も「川島さん」と呼んだ。無視し続けるわけにもいかず、焦った夫は2階リビングのサッシを開けてベランダに出た。手すりから身を乗り出し、下にいる複数の警察官に向けて叫んだ。

「妻が死にたいと言っているんです!」

なぜそんな嘘を言ったのか。夫はこう明かす。

「この日、もみ合っている最中に妻がベランダ方向に逃げました。その時、『もしかしてサッシを開けてベランダから飛び降りるのではないか』という不安が頭をよぎったんです。

それ以前には、妻が自分の辛さを私に伝えようと、家にあった複数の内服薬を飲んだように見せかけて、薬の空の包装をテーブルの上にたくさん置いていたこともあったので、『いつか本当に自殺してしまうのでは』という不安を抱えていました。さらにこの時は、妻が自殺しそうだと言えば、私の暴力がばれずに済むと咄嗟に考えてしまったのです。本当に浅はかで、ひどいことをしてしまいました」

夫は1階に下りて玄関を開け、「早く上に」と警察官を促した。複数の警察官が夫とともに急いで階段を上がり、2階のリビングに駆け込んだ。

威圧感からDVの恐怖を呼び覚まされた川島さんは、反射的にリビング奥のベランダ方向に後ずさった。サッシは夫が開けたままの状態だったので、夫も警察官も「ベランダに出て飛び降りるのでは」と誤解して焦り、ベランダ手前の室内で川島さんの体を抑え込んだ。

何がなんだかわからないまま警察署への同行を促され、「部屋着なので着替えさせて欲しい」という訴えも無視された。2人の警察官に両脇をつかまれ、力任せにパトカーに乗せられた。行き先は警察署内の鍵のかかる保護室だった。