ハゲタカジャーナル、ダメ絶対! でも、その横行にはそれなりの理由が……

あなたの知らない査読論文の世界
山田 俊弘 プロフィール

テニュア審査――科学者はいつも自転車操業

テニュアとは終身在職権とも呼ばれ、所属する研究組織や大学に定年まで在職できる権利を指します。テニュアを獲得するには、厳しい審査を通らなければなりません。

ここで、コロンビア大学ビジネススクールの教授である心理学者、シーナ・アイエンガーの著書『選択の科学』にある一節を引用します。これは彼女が同僚から聞いた話だそうですが、科学者がテニュアを得るまでの、そして得てからも続く過酷な道のりをみごとに表現しています。

「学者ってのは、檻の中で、サイクリングマシンのペダルを漕いでる、ラットみたいなもんだ。ますます強く速くペダルを踏むのに、一インチも前に進みやしない。しまいには、あまりにも必死に漕ぎすぎて、こりゃ死ぬなと思う。

もしラッキーなら、ペダルを漕いで車輪を回しているきみの姿を、だれかが気に入ってくれて、絶好のタイミング、まさに倒れようというそのときに、檻の戸を開けてくれる。奇跡に奇跡が重なって、息ができるようになる。それだけじゃない、自転車を降りて、檻の外に出て、新鮮な空気を胸一杯吸い込み、何年かぶりに、外の世界をようく見ることができる。

それが、終身在職権を得るってことだ。でもしばらくすると、またまわれ右して、自転車に戻るんだ。前とちがうのは、ずっとのんびり、じっくりしたペースで漕げるってことだけ」

シーナ・アイエンガー 櫻井祐子訳 『選択の科学』 文藝春秋 p330

【写真】シーナ・アイエンガーシーナ・アイエンガー photo by gettyimages

この文に初めてであったときには衝撃を受けました。知らないうちに涙をこぼしていたほどです。もうすこし具体的に説明しましょう。

現在、日本において多くの科学者(とくにほぼすべての”若手”と呼ばれる科学者)は、数年間という雇用期間が限定された状態で研究活動を行っています。雇用期間が過ぎた後の身分は、何も保証されていないということです。

そうした不安定な状況で、科学者はペダルを漕ぎ続けます(つまり、査読論文を書き続けるということ)。雇用期間中にどんなに査読論文を積み上げても、自分の立場は変わりません。そういう雇用契約なのですから。漕いでも漕いでも、一インチも進まないという訳です。

それでも、私たちは、漕いで漕いで、漕ぎ続けます。研究活動以外のほとんどのことを犠牲にしてまで漕ぎ続けるのは、そうしなければ生き残れないからです。もちろん、漕ぎ続けたとしてもテニュアが手に入る保障などどこにもありません。しかし、漕ぎ続けなければテニュアは“絶対に”手に入らないのです。

テニュア審査でもっとも重要視されるのは、どんな論文を書いてきたか、つまり論文の質です。論文を読めば、著者がどんな研究をしてきたか、どれくらいの力量を持っているかを知ることができます。

そして、論文の質に加えて重要な指標となるのは、査読論文の数です。同じ質の論文ならば、多く書ける人のほうが優秀だろうという考え方です。どんなに質の良い論文を書いていても、その数が少なければ、科学者として力がないと判断されてしまうこともあるでしょう。