「社内改革の抵抗勢力は無視せよ」カルロス・ゴーン氏の痛快な言葉

日産はどこからやり直せばよいか
辻野 晃一郎 プロフィール

自動車産業の大変革期に際して

ゴーン氏が、「日産リバイバルプラン」を掲げて「コミットメント」が流行語となり、日産のV字回復に向けて動き出した時、「痛みを伴う改革」と宣言していた。実際、5つの工場が閉鎖されて21000人にのぼる人たちがリストラされた。また、長年の取引を解消されて廃業や統廃合に追い込まれた系列部品会社や下請け工場も少なくない。

瀕死の日産を立て直すためには、ゴーン氏がコストカッターとしての本領を発揮し、彼にしか成し得ない緊急大手術が必要だったことは間違いない。しかしその裏では、多くの人たちの涙が流れ、プライドが傷つき、恨みも買っている。

日産を再生させて成功者となったゴーン氏の人生の華やかな表舞台は、そのような多くの人たちの代償や協力によって支えられたものでもあるのだ。

その原点に立ち返った上で、あらためてグローバル経営時代の企業統治という側面から考えると、ルノー・日産連合はひとつの成功事例にもみえていた。

〔PHOTO〕gettyimages

今、自動車産業は、自動運転や電気自動車、シェアリングなどの流れで大きな転換期を迎えている。

かつては強みであった日本特有の垂直統合型の系列構造が合理性を失うと共に、大ナタを振るえない体質が高コスト構造を生み出して国際競争力を阻害する要因になっていた面もある。グローバル競争や技術革新に合わせた社内改革は、ゴーン氏に託さずとも必須のものであった。

しかしながら、三菱自動車も含めた3社連合の年間販売台数が1000万台を超えて世界トップレベルとなったあたりから、ゴーン氏個人、日産、ルノー、仏政府など、様々な利害関係者それぞれのさらなる野望や野心が膨らんでぶつかり合い大きな歪を生むようになったのではないだろうか。

 

企業が無理な販売台数計画や売上計画を立てることによって、コストダウンや納期を優先して技術を軽視したり、品質を犠牲にしたり、データを改ざんしたり、本来向き合うべき顧客を置き去りにして凋落した事例は枚挙にいとまがない。最近も不祥事は増える一方だ。

日産はかつて「技術の日産」と呼ばれていた伝統ある誇り高い企業だ。今回の事件で大きく傷ついた同社が再度リバイバルするためには、社内抗争や国際政治利用の圧力などから脱して真摯に世界の顧客と向き合い、自動車産業の大変革期に際してあらためて顧客にどのような価値を提供する会社になるかということを再定義するところからやり直す必要があるのではないか。