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「社内改革の抵抗勢力は無視せよ」カルロス・ゴーン氏の痛快な言葉

日産はどこからやり直せばよいか

カルロス・ゴーン氏が逮捕されたというニュースは、瞬く間に国内外に広まり多くの人に衝撃を与えた。詳細は徐々に明らかになってきている様子だが、ゴーン氏個人が絶対的な権力に任せて会社を私物化した、というだけの話ではなさそうだ。

仏ルノーの筆頭株主であり、同社に日産の完全支配(経営統合)を働き掛けていたといわれる仏政府やマクロン大統領の思惑も絡み、それに危機感を強めた日産側のクーデターという説もある。

もちろん、トップの暴走を長年にわたって止めることが出来なかった日産の企業統治上の問題も厳しく問われる。

何より、19年前に経営破綻の縁から救い出してくれたルノーとゴーン氏によって、日産が再び苦境に立たされることになるというのはなんとも皮肉な展開だ。

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ゴーン氏との思い出

実は、私にとってゴーン氏は思い出深い人物だ。かつてまだソニーに勤めていた40代前半の頃に、とんでもない不採算カンパニー(事業本部)の立て直しを託されたことがある。

着任早々、立ちはだかるさまざまな難題を前に、さてどうしたものかと思案しているうちに、ゴーン氏に会って話を聞いてみようと思い立った。ちょうどゴーン氏が瀕死の日産をV字回復させて一躍時の人となっていた時期だ。彼のプロ経営者としての手腕にヒントを得たいと思ったのだ。

伝手をたどってアポをとり、ゴーン氏に会いに行ったのは2001年9月26日、あの9.11同時多発テロが起きてから2週間後のことだ。場所は、当時まだ東銀座にあった日産本社のゴーン氏の執務室だった。

 

しかし、これはゴーン氏に会う二度目の機会となった。

9.11の週に、私はちょうどヨーロッパに出張していたのだが、同時多発テロの発生を受けて、直ちに本社から海外出張者全員に帰国命令が出た。

予定を変更して急ぎパリのシャルル・ドゴール空港から搭乗した日本への帰国便で、偶然にも彼と同じ飛行機に乗り合わせたのだ。既に2週間後にアポを入れていたので、そのことを伝えて自己紹介したのが初対面となった。

この時にちょっとしたエピソードがある。我々が搭乗した飛行機に爆弾を仕掛けた、という脅迫電話が入ったのだ。離陸準備を終えて滑走路でスタンバイしていた飛行機はやむなく再びゲートに戻り、乗客全員が降ろされた。

飛行機は、万が一の爆発に備えて飛行場の一番外れまで移動、そこで積み荷がすべて降ろされた。乗客はそこまでバスで連れて行かれ、自分の荷物を一点一点確認する作業に協力させられた。

一連の作業が終わって空港待合室に戻ったのは真夜中、自動小銃を持った仏警察に周囲を囲まれる厳戒態勢のものものしい雰囲気の中、メディアでの露出も増えていたゴーン氏の存在に気付いた日本人観光客がゴーン氏と一緒に写真を撮り始めた。すると、いつの間にかゴーン氏と写真を撮ろうとする日本人が列を成す状況になっていた。

緊迫した事態の中、飛行機の出発が遅れて長時間待たされ、疲労もイライラもピークに達していたが、ゴーン氏は写真を撮ろうと押しかける人々に対して笑顔で丁寧に応じていたのが印象的だった。