レールを敷く親――子どもを蝕む「毒親」とは

日本人の脳に迫る⑫

5年程前から日本でもよく聞かれるようになった「毒親」。1989年にアメリカのセラピスト、フォワードが『毒になる親 一生苦しむ子供』(邦題)というタイトルの著書を発表したことから使われるようになりました。

最近になって「毒親」という言葉がクローズアップされ、その中でも特に母娘の問題が多く取り上げられるようになり、関連本も多く出ています。

「自分の親も“毒親”だったのでは」と共感したり、「自分も“毒親”になってしまっているのではないか」と不安に思ったりした方も少なくないのではないかと思います。今回はこの毒親をめぐる問題について考察していきます。

毒親――育児放棄、肉体的のみならず精神的な虐待や、過度の干渉によって子どもを支配しようとしたりするなど、まさに子どもの人生にとって毒になる親のことです。近年、家族関係についてこれを「病」と名付けて分析を試みる書籍が立て続けに出版され、非常に話題になりました。

読んで胸のすく思いをした人、長年の傷が癒されたという感覚を味わった人も多かったでしょう。自分だけじゃなかったんだ、ひとりだけが苦しい思いをしていたんじゃなかった、と知ることも癒しのひとつの大きな要素であっただろうと思います。

 

コントロールする親

この問題の中でも特に共感を呼ぶように思われるのは、母娘間のトラブルではないでしょうか。

よく耳にするのは、母は結婚しようとする娘に対し、娘の結婚相手の選択をコントロールしようとすることがあるという問題です。自分と同じような失敗を子どもにさせたくないのか、自分が成功したから子どもにもそうなってほしいのか、はたまた自分が失敗したから子どもに成功されると面白くないという気持ちなのか……。

いずれにせよ、子どもが幸せになっているのをどこか手放しで喜ぶことができず、モヤっとした気持ちを抱えたままその感情にふたをし、自分のネガティブ感情をうまく制御しきれていない親というのは、存外少なくないのではないかと思います。

建前上はもちろん、子どもの幸せを願わない親はいない、と親は100%純粋な慈しみの気持ちを子どもに向けているものとして接するのが礼節にかなった見方ではあるのですが、本音の部分に押し殺されている感情をいつまでも見過ごしにしていると、思わぬところでそれが爆発したり、体調に影響を与えてしまったり、人間関係そのものがぎくしゃくしたりとさまざまな問題の原因になったりもするのです。

妬みの感情は、家族間のほうが他人よりも強いと考えられます。類似性が高いほど、妬みも高まることが宇都宮大学の澤田匡人先生らにより指摘されており、遺伝子を共有しておりしかも性別も同じ母娘間ではよりその感情が強まるであろうことが推測できます。

子どもを支配しようとしたり、レールを敷こうとしたりするとき、母側はそれを子に対する愛情だと信じているようです。もちろんそのとおりでしょう。でも、その濃厚な愛情の裏側に、別の感情が隠れてはいないでしょうか。

子に失敗してほしくない、逸脱した行動をとって後で後悔してほしくないという気持ちから、子につい干渉してしまうのだと親側はこぞって口にします。しかし、子の自発的な行動に対してコントロールするかのように注文をつけたり、あれこれと口出ししてしまったりする自分自身の行動を、振り返って苦々しく感じてしまう親がいるのもまた事実なのです。

それが愛情なんだと自分に言い聞かせなければならないほど、本当は後ろめたい気持ちが心の内に潜んでいるのではないか。

親である多くの人は「私は『誰かの親』である前に、『ひとりの人間』である」――このことを確認したい、誰かに認めてほしいとやはりどこかで願っているものなのだろうと感じます。