多様性をフレディから教わった

本格的に聴くようになったのは高校時代だ。田舎の女子高だったが、出会った友人たちがみんなローラーズ以来の強烈な洋楽ファンで、クイーンも彼女たちに教えてもらって聴くようになった。

当時は高校生のお小遣いではそう頻繁にレコードを買えなかったので、誰かがLPを買えばカセットテープにダビングしてもらったり、FM番組を「エアチェック」(録音)したりして聴いていた。『Music Life』を愛読するようになり、東郷かおる子さんのクイーンへのインタビュー記事を読みまくった。

今のようにすぐに動画が見られる時代ではなかったので、東郷さんの書かれる文章を熟読することからクイーン一人ひとりのキャラクターを理解することしかできなかった。たとえばインタビューの主語を「俺」と訳すか「僕」や「私」と訳すかで、読者の受け取り方は随分違って来るはずで、メンバーの個性にあわせて主語からかえていたのだ。

そういう意味では、東郷さんらがクイーンの音楽はもちろん、メンバーの人となりを的確に伝えてくださったことが、私を含む日本中のファンのクイーン愛を育くんでくれたのだろう。

LGBTへの理解についてもそうだ。ゲイの人は音楽界や芸術の世界で珍しいことではないし、むしろその方がカッコイイ、当たり前だよね、みたいな感覚があった。女子高生にも全く抵抗がなかった。フレディの派手なパーティや「愛人」の話はいつもMusic Lifeで読んでいたが、いやだと感じたことが一度もない。

後に84年に発売されたアルバム「The works」に入っている「Break Free」は女装のPVで波紋を呼び、アメリカに御出入り禁止になったのは有名な話だが、私は当時からあのPVが大好きで、友人たちとも何度繰り返し観たかわからない。フレディがザンジバルからの移民であることも同じくMusic Lifeで読んだ。

どこで生まれようと、どんな人であろうと関係ない。素晴らしい音楽を私たちに与えてくれる人が好き、ただそれだけのことだ。多様性を認めることの大切さ。そのスタンスをクイーンから学んだ

そういえば、フレディはよくMusic Lifeのワースト・ドレッサー賞に輝いていたけれど、あのパッツンパッツンの市松模様タイツや、短パン1丁+首にタオルでステージに出られるのはこの世で(今はあの世でも出ているかもしれないが)フレディしかいない、ということをギャグにしつつも褒め称えていたのだろう。

個人的には70年代の白いヒラヒラのジュディ・オング風の袖が付いた服をフレディとブライアンが着ている姿がいちばん好きだ。70年代の長髪&ヒラヒラの王子様風のクイーンが今もいちばん美しいと思っている。

猪熊さんが愛するジュディオング衣装。1970年代はこういうスタイルが多かった Photo by Getty Images
デザイナーでもあったフレディは自らがデザインした衣装もあったという Photo by Getty Images