反強欲・反グローバル資本主義という潮流で読み解くゴーン事件

首切り屋はどこまで大きくなったか
大原 浩 プロフィール

結局、多国籍はあり得ない

レバノン人の両親のもと、ブラジルで生まれるが、ブラジルでは出生国主義なのでレバノンとブラジルの二重国籍であって、さらに、フランス国営企業だったルノー専務就任時にフランス国籍も取得したので三重国籍となったゴーン容疑者が、どの国に忠誠を尽くすべきなのかということがゴーン事件の2つ目のポイントである。

グローバル企業は国境を超えて活動するが、最終的にはどこかの国に帰属しその支配下に入らなければならないということが今回の事件で明らかになった。小さな国のGDPを凌駕するような企業でも、国家には逆らえないのである。

フランスや日本などの先進国において、「民主主義」を否定する人はまずいないだろうが、この基本概念はジョン・ロックの名著「市民政府論」(1689年)で確立された。

「政府は国民の委託を受けているからこそ、統治を行う権利がある」ということが最も重要な概念である。

米国の大統領は、民主種主義の理念に基づいて中間選挙も含めた膨大な費用と労力をかけた国民の審判によって選ばれるのだから、「国民第一(国民ファースト)」の政策を行うのが当然である。オバマ政権のように外国(人)を優先するようなやり方こそ「反民主主義的」な全体主義政策なのである。

 

イスラムテロ組織に長期間拘束され、先ごろ解放された安田純平氏の事件は、色々な議論を巻き起こしている。だが、日本政府が多大な費用と労力をかけて彼を救ったのも、彼が「日本国民」だからである。もし彼がビデオで述べた様に「韓国人(韓国民)」であれば、彼を救うべきは韓国政府であって、日本国民の血税を使って救うべきでは無かったのだ。

もちろん蓮舫氏に代表されるような「二重国籍」問題も、いったいどちらの政府が彼らを守るべきなのかという問題が生じる。外国政府に守ってもらえるのなら、わざわざ日本国民の血税を使って、あるいは日本国民が新たに誘拐されるリスクを負って二重国籍保有者、さらにいえば二重国籍企業=グローバル企業を守る必要は無いだろうという議論が当然起こる。

そして、グローバルと称される企業も、例えば税金を逃れるためだけに本社を海外に移転することなど許されなくなる。それは、国民が税金として得るはずであった資金を盗む行為だ。これからは、それぞれのグローバル企業が、いったい最終的にはどこの国に帰属するのかが大問題になる。

ルノーや日産のような規模の自動車メーカーとなると、その動静は一国の雇用情勢に多大な影響を及ぼす。日仏両政府とも影響力を持ちたいと思うであろう。ちなみにフランス政府はルノーの15%の株式を保有している。

これまでの提携という形態ではなく、ルノーによる日産と三菱自動車の合併が計画されているようであり、しかも規模が大きい方の日産の時価総額がルノーと同程度という不可解な現象も起きていた。

まだ推測の域を出ないが、今回のゴーン事件は日本政府とフランス政府の「駆け引き」第1弾だと考えても良いのでは無いか?

ちなみに、第2次冷戦となっている米中貿易戦争といわれるものも、グローバル企業に対して「踏み絵」を迫っている。「グローバル企業というが、おたくは国民を専制支配する共産主義中国と民主主義・自由主義の米国のどちらに忠誠を尽くすのか?」と、トランプ大統領は問いただしている。

まだまだ、不透明・流動的な部分も多いが、「グローバリズム崩壊」はもはや決定的であり。今後もこれらの動きを注視していきたい。