反強欲・反グローバル資本主義という潮流で読み解くゴーン事件

首切り屋はどこまで大きくなったか
大原 浩 プロフィール

首切り屋はただ消え去ればいい

事件が発覚してから、このようなことを申し上げるのは気が引けるが、筆者は、そもそも世間やマスコミが大騒ぎするほど、ゴーン容疑者がすぐれた経営者だとは思えなかった、というのが正直なところである。

欧米系、特に欧州系の企業には首切り屋という専門職がある。米国では、人材の流動性も市場も大きいので、比較的解雇が簡単だが、欧州では雇用ルールが厳しい上に人材の流動性も市場も小さく、しかも失業率が高いので、難しい解雇という仕事を専門にするプロフェッショナルがどうしても必要なのだ。

例えば、欧州系企業の日本支店が業績不振に陥ってリストラが必要になったとする。すると、それまでの支店長は本国に呼び戻され、新しく首切り屋の支店長がやってくる。それまでの支店長は従業員との人間関係もできあがって解雇を言い渡しにくいので、汚れ仕事は首切り屋に任せるのである。

新任の支店長は着任早々リストラに取り掛かり、平たく言えばどれだけ給料の支払いを削減したか(何人解雇したか)に基づく成功報酬を受けとる。そしてノルマの人数(給与)を削減してがっぽり儲けると1年くらいで帰国する。

ゴーン容疑者は首切り屋として頭角を現し、その才能が認められて危機に瀕した日産の経営を任されたのだから、業績もリストラ(コストカット)が中心である。トヨタやホンダに比べて、積極的な事業展開で日産が見劣りするのも不思議では無い。

もちろん、だれかが首切り屋という汚れ役を引き受けなければ、日産の再生が無かったのは事実である。だからその功績は大きく評価したい。

しかし、少なくとも古き良き日本企業の伝統では、リストラ担当者は最後の1人の首を切った後、自らも辞職を申し出る。まるで沈みゆく船とともに責任をとる船長のようである。

もちろん、現在の日本では雇用の流動性・市場も増しているから以前ほどの痛みは無いが、リストラというのは血を流す行為であり、他人の血を流した本人が切られた側の痛みに無関心で、王侯貴族のような暮らしをしていれば多くの人々の恨みを買うのも不思議では無い。

ゴーン容疑者の行った行為の是非は別にして、彼を刺したいと思っていた人間はかなりいたはずである。

 

ストック・オプションは泥棒行為

ゴーン容疑者のような不正行為をバフェットは厳しく糾弾するが、さらに「ストック・オプション」もそのような不正行為と同じだと述べている。

バフェットによれば「ストック・オプションは投資家の懐の財布に手を付ける(泥棒)行為」である。

ストック・オプションで、将来、いくら報酬が与えられるのか不明、つまり付与される時点では明確な金額が株主に報告されないのに、結局その資金は会社の資金(=株主の財布)から支払われるのだ。

ゴーン容疑者がやったことと大差ないのだからバフェットが立腹するのも当然だ。しかも、株主は株式を購入する際に必ず対価を支払っているが、ただ、役職員であるというだけで「ただで」株がもらえるなどというのは馬鹿げている。

ゴーン事件は、自分自身の実績が株主を納得させることができない、という自信のなさから姑息な手段に走った結果起こったといえる。