photo by Getty Images

反強欲・反グローバル資本主義という潮流で読み解くゴーン事件

首切り屋はどこまで大きくなったか

今回のいわゆる「カルロス・ゴーン事件」は日本中、そしてたぶんフランス中の多くの人々を驚かせた。色々な噂が飛び交っていて真相はまだ闇の中とも言えるが、この事件を1つの側面からだけ見るのは危険だといえる。この問題には少なくとも2つの側面がある。

1つは、ゴーン容疑者個人に関わる不正や傲慢さである。そして、もう1つは国家とグローバル企業の問題、すなわちどのような巨大なグローバル企業であっても国家に逆らうことはできないし、忠誠を誓うことができるのは1つの国だけだということである。

 

成果をあげる前に報酬を支払うな

まず、ゴーン氏の巨額報酬だが、これについては、経営者の報酬を監視する側の「賢人」、投資の神様、ウォーレン・バフェットが長年にわたって力説していることを振り返りたい。

確かに、成果を上げた経営者が十分な報酬を得ることは全く問題が無いし、バフェットも米国の大企業の経営者の天文学的報酬そのものにはクレームをつけたことが無い。

実際、バフェットが経営する投資会社、バークシャー・ハサウエイ傘下の企業の経営者の報酬は自己申告した目標の達成度に比例する完全業績連動型なので、報酬金額の上限は無く、非公表だがそれぞれの企業が好業績であることを考えれば、相当高額な報酬を得ていることは間違いが無い。

しかし、バフェットが強く主張するのは「経営者の報酬も従業員の給与もその働きに応じて支払われるべきである」ということだ。口癖にように繰り返す「成果をあげる前に報酬を支払ってはならない」というバフェットの言葉にその真意が集約されている。

例えば、ある企業の営業部長が経理担当者と結託して自分の給料を倍にしたことを経営者に報告しなかったらどうだろうか? 明らかな犯罪である。それは、経営者とその雇い主である株主との関係においても同じである。

ゴーン容疑者は、雇い主である株主に対して自分の報酬をごまかして報告していたのである。「もらいすぎ」だという批判を恐れてのことだろうが、つまり自分の仕事の実績が雇い主(株主)に多額の報酬を支払わせるほどでは無いと、自分自身で思っていたわけである。

バフェットの「成果をあげる前に報酬を支払ってはならない」との言葉に完全に反する情けない行為である。ゴーン容疑者は、経営者として成し遂げた実績よりも不当に多い報酬を自ら受け取ったと自白しているようなものである。