いま解き明かされる、三島由紀夫「自決」の謎

大澤真幸が読み解く
大澤 真幸 プロフィール

村上春樹が「どうでもいいこと」と言う理由

村上春樹の『羊をめぐる冒険』は、「1970/11/25」というタイトルの章から始まっている。三島の失敗したクーデターがあった日付を章題にかかげておきながら、村上春樹のこの初期の長篇小説は、事件についてはただ否定的にのみ、つまり「我々にとってはどうでもいいこと」としてのみ言及している。

わざわざこんなことを書くのは、もちろん、村上春樹にとって、この事件が「どうでもいい」どころではなかったからである。だが、同時に、三島の「愚行」は、この事件の衝撃をまともに受け取った者にとってはますます、深い探究を拒むものとして現れる。つまり、つまらないこととして突き放したくなるのだ。

繰り返せば、もし三島の全思想が、あの愚行に集約されるのであれば、そのような結果へと至る論理を抽出する作業は、どうしたって、三島の作品や実践には、普遍的な意義はなく、それはせいぜいローカルなイデオロギーの支柱となっているに過ぎない、ということを示す営みにならざるをえない……ように見える。

第一の謎の意味さえ変えてしまう「第二の謎」とは?

だが、そうだとすると、私たちが三島の小説や戯曲、あるいは評論から得る感動はどうなるのか。

それは、「日本国憲法の改正」とか「天皇陛下万歳」とかといったことには、回収できないものをもつ。それゆえ、三島の文学や芸術論を重視する者は、三島の最後の政治行動を「どうでもいい」こととして斥け、無視しようとする傾向がある。

が、しかし、そのような態度は欺瞞的だ。作家が死を賭してなしたことを考慮に入れなかったとしたら、三島由紀夫をトータルに読んだことになるだろうか。

だが、実は、三島をめぐる謎は、もうひとつある。同じ日付、昭和45年11月25日と結びついた謎がもうひとつあるのだ。このもうひとつの謎を視野に入れたとき、事態は異なったものに見えてくる。

実のところ、すでに述べた第一の謎は、問いとしては凡庸だ。三島に関して、誰もが思いつく最初の疑問がこれである。実際に、この問いに正面から答えようとした者はほとんどいないが、疑問としては誰の念頭にも浮かぶ。だが、謎は、もうひとつある。そのもうひとつの謎は、第一の謎の意味をも変えてしまう。

その謎は、三島由紀夫の最後の作品『豊饒の海』四部作の第四巻『天人五衰』の奇妙な結末とつながってくるだろう。『天人五衰』の最終原稿は、クーデターの直前に編集者に託され、擱筆日は「十一月二十五日」と記されている。

(次回に続く)