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いま解き明かされる、三島由紀夫「自決」の謎

大澤真幸が読み解く
日本のみならず世界中の文学者・文学愛好家に強い影響を与え、日本の右派・右翼思想上の最重要人物でもある三島由紀夫の最高の知性と最悪の愚行が、どのようにつながっているのか?近代文学史上、そして、日本の思想上の大問題ともいうべき、この「謎」に、現代日本を代表する社会学者が最終解を与える。

11月25日が何の日かご存知だろうか? 若い読者はまだ生まれてもいない昭和45年(1975年)のその日、ノーベル文学賞の候補にもあがるほどの文豪・三島由紀夫は、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地に突入し、自衛隊員にクーデターのための決起を呼びかけ、失敗すると見るや、予定していたかのように、その場で切腹自決を図った。

古代ギリシャ以来の西洋思想・西洋文学の知識を独自の方法で咀嚼し、日本の文学史上に燦然と輝く作品群へと昇華させた、あの戦後最大の知性が、なぜ、このような愚行とも言える最期を遂げようとしたのか。

三島には何か本質的なものがある、という直観

このたび、私は『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書、2018年11月)という本を上梓した。どうしてこの本を書いたのか、この本で何を考えているのか、タイトルにある「ふたつの謎」とは何なのか。こうしたことについてここに記しておこう。

三島由紀夫の『金閣寺』を読んだのは、十六歳の春だった。私は、そこに示されている妖しい美学に魅了された。生来の吃音者「溝口」は、どうして、自らが徒弟として仕えている寺、金閣寺に火を放ったのか。

幼い頃より――父の影響もあり――溝口にとって、金閣寺は、「美」そのものであった。溝口は、そのような寺を己の手で燃やさなくてはならないという思いに取り憑かれ、最後に実際にそれを実行する。

この行動は、金閣寺が具現する美に対する嫉妬や憎しみによっては説明できない。むしろ、放火によって美としての金閣は完成すると考えられているからだ。どうして、溝口は金閣寺を炎上させなくてはならなかったのか。

十六歳の私に、この問いに対して明晰な答えを与えることができたわけではない。しかし、この小説には、何か本質的なものがある、という強い直観は働いた。

「世界の三島文学」の普遍性とは

日本が「西洋」を指向しつつ近代化を始めてから、百五十年が過ぎた。この期間をふりかえったとき、三島由紀夫はまちがいなく、哲学的な知性においても、また文学的・芸術的な感性においても、創造的な頂点にある。

日本人が勝手にそう思っているだけではない。三島が近代日本から生まれた――しかも世界的な観点から見て――最高の知性・感性であるとする認識は、海外の文学者や知識人にも広く認められている。

いわゆる「純文学」の領域において、現役の村上春樹を別にすれば、三島の作品は、日本の作家の中では海外で最も広く知られ、多くの読者を獲得してきた。

三島は、西洋由来の思想や文学、そして芸術的な感性を完全に我が物にした。ここに、三島は、意識的・無意識的に自身のうちに蓄積してきた日本の伝統的な感受性を加え、西洋由来のそれとのあいだで驚異的な相乗効果を生み出し、独自の世界を展開した。

三島のような知性・感性は、日本が近代化を開始して以降でなくては、もちろん、生まれない。

そもそも、「小説」という文学の様式が、西洋に由来するものだ。と同時に、「三島」は、日本や日本語の世界の中からしか登場しえなかっただろう。西洋と日本のこうした総合によって、三島は、まちがいなく、普遍的な価値をもつ作品を生み出してきた。

近代日本の歴史の中から生まれた普遍的な美の理念。これが三島にはある。その普遍性とは何か。どのような意味で、三島作品が帯びている価値は普遍性をもつのか。