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雇用改善の恩恵もナシ…国が放置する「中年フリーター」という大問題

もはやロスジェネはあきらめ始めた

かつての就職率の低さがウソのように、近年、新卒の就職市場は大きく改善した。

目下、日本を悩ませている社会問題はむしろ「人手不足」だ。政府は高齢者の雇用継続はもちろん、人手不足を補うための「移民政策」にも本格的に取り組み始めた。

しかし社会全体の雇用状況が改善するなか、正規の仕事を切望しても得られない「取り残された」人々がいる。就職氷河期に就活をして大きな割りを食った「中年フリーター」だ。彼らは相変わらず政策的な手当てをされないままでいる。

「ロスジェネ」と言われるこの世代は、10年以上前から状況の改善を求めて声をあげてきた。しかし、『ルポ 中年フリーター』(NHK出版新書)を上梓したジャーナリストの小林美希氏によれば、彼らは近年、長きに渡って状況が改善しないことに絶望し、あきらめの境地に入りつつあるという。

なぜ自分たちだけがーーそんな思いを抱えた中年フリーターの絶望と諦念、そして、彼らを放置してきたことで日本という国が受ける巨大なダメージを、小林氏がレポートする。

非正規雇用を強いられる

「44歳ですか……。あなたの年齢だと、チームリーダーになっていてもおかしくないですね」

いつからか、採用面接では決まって言われるようになったセリフだ。中年フリーターの野村武志さん(44歳、仮名)には、企業側が遠まわしに「うちはダメ」と言っているのが分かる。年齢の壁が高く感じる瞬間だ。

卒後10年は“正社員”ではあったが、いわゆるブラック企業で働いた。

都立高校を卒業してからは、手に職つけようと旅行関係の専門学校で学んだ。おりしもバブル崩壊の影響で雇用に陰りが見え始めた頃だが、小さな旅行会社の正社員になった。

だが就職して2年後、業績不振のためリストラが行われた。武志さんの首はつながったものの基本給が半減して7万円になり、そのかわり歩合給をつけると条件が変更された。「これでは、やっていけない」と先輩たちとともに職場を去った。入社3年目、やむを得ない決断だった。

 

別の旅行会社で正社員採用されたが、得意先を回っては終電を逃す毎日。職場には仮眠するスペースもないため、自腹でホテルに泊まった。武志さんは営業努力で顧客をつかんだが、会社の業績は悪く資金ショートしそうなのが目に見えた。

デフレで旅行業界も「薄利多売だ」と痛感。労働面でも過酷な旅行業界からはいったん見切りをつけた方が良いだろうと1998年、異業種に転職した。就職先は、チェーン展開する中堅ドラッグストアでの正社員採用だった。

ドラッグストア業界は、デフレ期にあっても店舗数や売り上げ規模を伸ばしてきた。調剤薬局を併設して診察帰りの顧客を呼び込む一方で、プライベートブランド(PB)商品を拡充して利益率を高めてきた。当然、そこには雇用が生まれていた。

武志さんは仕事に精を出し、やがて店長に昇格した。だが、その実態は裁量も権限もない「名ばかり店長」だった。急な欠員が出れば、店長である武志さんがカバーして出勤せねばならず、休みはほとんどない。店長になる前は残業代が支払われていたが、それも昇進とともになくなり、手取りは店長になってからのほうが少なくなった。

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それでも結果は残してきた。どんな些細な会話でも大事にして、顧客の状況を知ろうと努力した。

たとえば、疲れやすく野菜が不足している顧客にはビタミン剤を勧めるなど、その人に合った商品を提案するよう心掛けた。また、店舗の向かいには皮膚科クリニックがあったので、「お客様に間違った商品を売ってはいけない」と、皮膚疾患の学術書を購入して独学で勉強した。

そうした武志さんの努力が奏功し、売り上げは対前年比で10%ほど伸びた。ところが、いくら頑張って結果が数字に結びついても評価されず、店長手当5万円を含む月給は24万円のまま変わることがない。相も変わらず努力が報われない日々が続いた。

転職して4年が過ぎると、ある日とつぜん、異変を感じるようになった。客の来店が怖くなったのだ。

客が店に足を踏み入れた途端、心臓をぎゅっと掴まれた感じになる。息ができなくなり、苦しくて立っていられない。そのまま座り込み、しばらく休んで病院に駆け込んだ。心電図検査やエコー検査では異常が見つからなかった。だが、理由もないのに激高してしまったかと思うと、次の瞬間に落ち込んで涙が溢れ出ることもあった。