12月 3日 日本で太陽暦が採用される(1872年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

日本で現在使用されている太陽暦が明治政府によって採用され、陰暦1872(明治5)年のこの日を1873年1月1日として、あたらしい暦がスタートしました。

陰暦が月の満ち欠けを基準にしているのに対し、太陽暦は、天球上の太陽の運動を基準にして定められたものです。古代エジプトに始まり、ユリウス暦、グレゴリオ暦と改良され、現在ほとんどすべての国が太陽暦を使用しています。

この改暦が政府から発表されたのは、施行のわずか23日前のことだったため、移行に際しては大変な混乱が生じたそうです。

この強引な改暦の理由は、表向きは欧米の暦とのずれを解消することとされていますが、じつは、陰暦のままでは明治6年に閏月という13番目の月が生じることになっており、公務員(官吏)の給料を月給制にしていた明治政府にとって太陽暦の方が都合がよかったためともいわれています。

この改暦のため、明治5年は12月3日から12月30日までの28日間が存在しなくなりました。同年12月分の俸給も2日間しかないことを理由に支払われなかったので、当時の公務員は合計2ヵ月分の俸給を受け取りそこねたことになります。

【写真】大隈重信
  晩年の大隈重信。「新暦を導入すれば月給制の官吏への報酬も12ヵ月分の支給ですむ」という話は、大隈重信の回顧録『大隈伯昔日譚』に出てくる photo by gettyimages