長谷川等伯「松林図屏風」(部分、国宝、東京国立博物館蔵)

日本人の詩情に深く訴える「水墨画」の魅力をとことん語ろう

人気の「古美術展」、次の注目はコレだ

「甘くて柔らかい」日本の水墨画

長いこと美術館人として展覧会の仕事にかかわってきたが、このところ異変を感じているのは、日本の古美術展への関心が以前に比べて異常なほどに高まっていることである。

東京都美術館の「生誕300年記念 (伊藤)若冲展」(2016年)では5時間もの入場待ちの行列ができたとか、東京国立博物館の特別展「運慶」の入館者数が60万人、京都国立博物館の特別展覧会「海北友松」(ともに2017年)が16万5千人を数えたとの、意外な報道に接した。

ことに墨の作品が多く、「〝うみきたともまつ〟ってどんな人」と電話が相次いだほど地味な海北友松展でさえも、思いがけない評判の高まりに驚かされたと担当の学芸員からうかがった。正しくは「かいほう ゆうしょう」と呼ぶべき桃山時代の画家の、生涯の作品を可能な限り地道に集めた回顧展が、である。

 

明治以前の日本の絵画で人気が高いのは、平安・鎌倉時代の絵巻物や江戸時代の浮世絵や琳派など、やまと絵の伝統を引く華やかな流れだが、一方でこの世のありとあらゆる物や風景をモノクロームの世界に還元した水墨画というジャンルもある。

その淵源は遠く中国の唐代にさかのぼるが、日本では鎌倉時代からその受容が始まり、室町時代に雪舟等楊という画僧によってひとまずの日本化が達成された。

たとえ水墨画であっても、この世のありとあらゆる物を真実の相として捉えることを忘れない中国の画家と違って、季節や時間、雨や風、雲霧や月光などの変化に繊細な詩情を感じようとする我が国の画家たちは、厳しい写実を追求することにさほど熱心ではなかった。

それは、甘さや柔らかさ、優しい味わいとなって、雪舟以後の日本水墨画の独自性を獲得してきたと私には思われる。

旅に出て朝霧に包まれた林の中で長谷川等伯の「松林図屛風」(左頁掲載図版)を思い出したり、車窓から遠くの山を見て、「まるで横山大観が描いた水墨山水のようだ」と感じ入ったことはないだろうか。

日本の水墨画は、潤いに富むことが多く、硬い水墨画という文字よりも墨絵と表現したほうが似つかわしいようにも思える。京都の町の夜の雪景を描いた與謝蕪村の「夜色楼台図」を見て、三好達治は率直な印象を詩「雪」に詠んだ。

「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」と。

まことに日本の画家が描く墨絵は、しみじみと懐かしい詩情を喚起する。