スペイン人はなぜ「自国のサッカー代表選手」にブーイングするのか

分断の構造を読み解く
小宮 良之 プロフィール

「スペインを代表したくない」

しかしながら、彼らはそれを乗り越えて世界王者になったことがある。2008年に欧州王者になったスペイン代表は、その勢いを駆って2010年に南アフリカW杯を制し、世界の頂点に立っている。2012年にも、再び欧州王者になった。

2010年南アフリカW杯で優勝したスペイン代表(Photo by gettyimages)

大きな変化の一つは、2000年代に入って海外組が増えた点が挙げられる。

シャビ・アロンソ、ダビド・シルバ、フェルナンド・トーレス、セスク・ファブレガスなど多くの選手が異国に順応し、活躍した。スペインという国を外から見て、「自分たちはスペイン人だ」という意識が生まれた。グローバリズムがナショナリズムを薄めたというのか。井の中の蛙ではなくなった。

もう一つは、EURO2008を制したルイス・アラゴネス監督が平等に選手を選出し、チームとして戦う空気を作り上げたのも分岐点になった。

当時、ラウール・ゴンサレスがスターだったが、アラゴネスは特別扱いしていない。親分肌の指揮官が一体感を作り上げ、優勝という結果をつかみ取って、そのメンバーは常勝集団になっていった。

 

もっとも、アラゴネスにとっても綱渡りの采配だったはずだ。今年10月、スペイン代表がウェールズ代表と対戦する前、「パネンカ」という地元のサッカー専門誌にある選手のインタビューが掲載された。

「スペインを代表する責務を感じなかった。むしろ、それに対する拒否感があったし、嫌悪感すら覚えた」

当時の胸中を暴露しているのは、2005年にアラゴネスが率いるスペイン代表の合宿に呼ばれ、“辞退”したオレゲル・プレサス。結局、彼は公式戦でプレーしていない。

オレゲルは、バスク人テロリストの刑務所収容を巡って抗議文を出し、騒動を起こしたこともあった。この一件でスパイクスポンサーだった「ケルメ」は、「政治家と契約したわけではない」と、オレゲルとの契約を破棄。一方で、バスク、カタルーニャのナショナリストたちは一斉にケルメに反発した。その流れで、カタルーニャのスポーツブランド「ムニッチ」がオレゲルに契約を提示するすったもんだがあった。

問題は入り組んでいる。根本的に解決するのは至難の業だ。

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