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スペイン人はなぜ「自国のサッカー代表選手」にブーイングするのか

分断の構造を読み解く

「私がスペイン代表を率いることはない」

世界最高の名将と誉れ高いスペイン人ジョゼップ・グアルディオラ(現マンチェスター・シティ監督)は、そう断じている。

理由は明言していない。しかし、グアルディオラはスペイン人である前に、カタルーニャ人であることを公言している。

何気ない言葉に、スペインの抱える「分断」が浮かび上がる。

 

「国内リーグから出て行け」

スペインは複合民族国家である。

例えばバルセロナを州都にするカタルーニャには、独自の文化、言語が存在している。

カタルーニャ人は、スペイン人と完全なイコールでは結べない。1970年代まで、カタルーニャはフランシスコ・フランコ率いる独裁政権によって、迫害や弾圧を受けてきた。その遺恨は深い。

現在もカタルーニャは独立運動を続け、最近はカルラス・プッチダモンのようなカリスマ性のある指導者も現れた。独自に独立の国民投票を行って賛成多数を得るなど、スペイン政府との対立構造を深めているのだ。

カタルーニャがスペインからの独立運動を激化させる裏には、民族的な遺恨だけではない理由が潜む。

カタルーニャは経済的に恵まれ、相応の税金を国に納めてきた。しかし、その血税は経済的に劣悪な他の地域と等分にされ、十分な社会保障を受けられない状況が続いてきた。鬱積した不満に火がついた。

ちなみにグアルディオラはプッチダモンの行動に賛同の意志を示し、自ら投票もしている。

バルセロナの街並み(Photo by gettyimages)

サッカーは、スペインにおいて政治、経済、民族と密接に結びついた文化である。

「もしカタルーニャが独立するなら、バルサもスペイン国内リーグから出て行け!」

「喧嘩上等。カタルーニャリーグの創設だ!」

売り言葉に買い言葉になった。しかし、実はどちらにとっても得ではない。バルサを失うことは、ドル箱の試合を失う。一方で、カタルーニャリーグの運営も厳しいことは目に見えている。今はどちらも矛を収めた格好だ。

「スペイン代表」は売れない

過去、サッカーはスペインにおける民族感情のはけ口になってきた。

カタルーニャ人はバルサを応援し、カタルーニャ人であることの自負を満たし、スペインの象徴であるレアル・マドリーに敵意をむき出した。

一方でマドリーはバルサを全力でねじ伏せ、権威を示してきた。

「Morbo」(不健全な魅力)

その独特の言葉で呼ばれる憎悪や復讐心が渦巻き、各地方のクラブは個性を身につけていった。結果、バルサ、マドリーを中心にクラブ至上主義の文化ができた。

そのため日本では考えられないことだが、スペインでは代表チームの記事は売れない。代表が活動していても、一面を飾るのはクラブの記事なのだ。

今年のロシアW杯でも、その情勢を反映する事件が起こった。