インターネットは民主主義を殺すのか? いま、政治的分断を考える

青い大波に襲われた赤いホワイトハウス
池田 純一 プロフィール

誰もがワンワード・ポリティクスの中にある

となると、『歴史の終わり』で知られるフランシス・フクヤマが『Identity』という新著によって、今更ながら、アイデンティティを説明変数として持ち出すのは、半分正しく、半分間違っていることになる。

正しいというのは、多くの人が帰属先を求めてさすらっていることはどうやら確かなことであるからだ。そのような「心のスキ」がなければ、あてがわれたクラスターに自ら寄り添っていくことはないだろう。

一方、間違っているというのは、従来からある強固なアイデンティティそのものは、ソーシャルメディア時代の「今」の政治の主戦場ではないと思われるからだ。アイデンティティという言葉は、クラスターによる動員うまく覆い隠すためにひきつづき使われているだけのように思われる。

その意味では、従来からある国(=ナショナリズム)や宗教(=福音主義/原理主義)、あるいは地域コミュニティ(=地縁)を帰属先(=アイデンティティの拠り所)に選べてしまえる人たちは幸福な人たちで、そのような選択肢がもとからない、あるいはあってもその選択に躊躇する人たちは、第三者からの「命名」を待ちわびている。

その秘密の欲望に人知れず応えてくれるのが、パーソナルガジェットを通じて自分の帰属すべきクラスターを指し示してくれるシステムということだ。

ビッグデータが行っていることは、スマフォを通じてアクセスできるユーザーを、一つのアイデンティティを持つもの、というよりも、複数のパラメータ属性をもつ存在とみなすことだ。

〔PHOTO〕gettyimages

その上で、キャンペーンにおけるデータ解析の役割は、そのパラメータのなかから投票促進に繋がるような要素を見つけ出すことであり、続いて、投票促進要素に個人ごとに優先順位をつけ――バートレットは「説得可能性」と呼んでいる――、最も有効な要因に基づき「その人に向けたワンワード・ポリティクス」を展開することにある。

要するにワントゥワンマーケティングのバリエーションでありその徹底だ。大事なことはレリバント(=高い相関性)であることで、その「ある人にとってはかけがえのないたった一つ」の言葉を使って、その人を投票所にまで向かわせる。その限りで、誰もがワンワード・ポリティクスの中にある。

しかも、そのワンワードは、あくまでもその人用に「あつらえられた」ものであり、隣の投票ボックスの人が同じワンワードを受け取ったとは限らない。多分、その確率は限りなく低いだろう。

つまり、どこまでいっても「マイ・ワンワード」であり、そのワンワードは実は肌の色や性別など目に見えてわかる差異に基づいたアイデンティティ・ポリティクスの壁を容易にすり抜けてしまう。その人の意識に直接語りかけてしまうからだ。

 

このように共和党はすでに、この人びとの心理的な差異意識をフックにした内面へのアプローチ――強いていえば「内面の刺激や操作」――にまで向かっている。これは共和党が1970年代あたりから、郊外に居を移した白人世帯の中から、自分たちを支持してくれる「白人」を選別するために(当時はDMによる)マイクロターゲティングに注力してきたからともいわれる。その頃から、サイコグラフィックな差異のすくい上げに力を入れてきた。

対して民主党は、マイノリティ集団を多数抱えることもあって、見た目でわかるデモグラフィックな差異の活用にとどまっている。

それはもちろん、有権者を一つのまとまった人格をもつ個人として尊重しているからであり、それはそれで「正しい」態度なのだが、しかし、そのようなアイデンティティを強調すればするほど、それは逆に、民主党がもっぱら姿形に依拠して政治の現場における「代表性」を論じているように見えてしまう。

だが、その代表性の括りでは、自分には当てはまらないと感じる人たちが出てきてもおかしくはない。