インターネットは民主主義を殺すのか? いま、政治的分断を考える

青い大波に襲われた赤いホワイトハウス
池田 純一 プロフィール

「クラスター・ポリティクス」とは何か

ともあれ、そのようなシステムが選挙や消費の場で、個々人の嗜好に応じてカスタマイズしたアプローチ方法を提案してくる。

ここで、民族性や性別など「アイデンティティ」の根拠に照準した政治を「アイデンティティ・ポリティクス」と呼ぶのにならえば、現在行われているのは、「クラスター・ポリティクス」とでもいえばよいだろうか。

クラスターとは、消費や行動の履歴に基づいてシステムが枠付ける極小(=マイクロ)集団のことだ。そのようなクラスターに基づいて有権者が誘導される様子が、バートレットの本では扱われる。

クラスター・ポリティクスの下では、自らの生まれや外見で「アイデンティティ」という帰属集団が決定されるのではなく、インターネット上のシステムがデータ解析をした結果「名付け」てくれるクラスターに帰属する(というよりも「あてがわれる」)。

あくまでも名付け親、すなわちゴッドファーザーはシステムであって、自分自身ではない。いわば「ビッグ・ブラザー」ならぬ「ビッグ・ゴッドファーザー」だ。

〔PHOTO〕gettyimages

その意味で、システムは無敵である。常に、まずはシステムが「あなたの帰属すべきクラスター(=極小集団)はこれです」と占って/命じているのだから。

そもそもクラスターをクラスターとして輪郭づけ浮上させるのもシステムであり、人間はそれらの命名に従うフォロワーでしかない。主導権は、すでにシステムに握られている。

この「主導権」という概念は、ソーシャルメディア全盛のポスト・トゥルース時代を読み取る鍵といえる。状況を自分に有利に誘導する力のことだ。この点で、ソーシャルメディアは、ゲーム盤と思わなくてはならない。人の意識を変えることのできるゲーム盤だ。

 

そして、このような考え方が浸透すれば、政治家とは、多くの場合、「システム」による命名のメッセンジャーを演じているのにすぎなくなる。システムにはまだ身体がないため、直接、有権者に語りかけることはできない。その「最後の身体を通じた語りかけ」の部分を、政治家という「生身の人間」が請け負っているだけのことだ。

Uber Eatが、具体的な「料理の配達」の部分で、人間の身体を利用しているのと大差ない。システムの完成に必要なピースの一つとして、人間の身体が徴用される。

そこから、政治家としては、システムの即興的振り付けにも臆せず「あなただけに向けた言葉」を衒いなく言える人がサバイブする。

さらに、日頃のシステムとのやり取りの経験から、システムと人間の間に補完関係があることを多くの人が了解していくにつれ、政治家の側でも、システムよってキャラ付けされた演者であることをとりたてて隠す必要もなくなっていく。