インターネットは民主主義を殺すのか? いま、政治的分断を考える

青い大波に襲われた赤いホワイトハウス
池田 純一 プロフィール

ネットがデモクラシーを殺す?

ところで、選挙前から懸念されたことに、2016年の大統領選のように、アメリカ内外からフェイクニュースなどウェブを通じて、選挙への干渉や操作が再び生じるのではないか、ということがあった。

この点でFacebookやTwitterは監視の目を以前よりも強めており、ここまでのところ、取り立てて大きな事件や不正は報告されていない。もちろん、今後発覚する可能性は否定できないが、ひとまず事なきを得た、ということのようだ。

とはいえ、2016年を境に、ウェブと選挙、あるいは政治そのものとの関係は、ずいぶん様変わりしてしまった。

以前ならば投票結果を占う上で、テイラー・スウィフトのようなアーティストの応援の有無は大きな要素だったわけだが、もはやそのような掛け声だけでは、簡単には投票結果に結びつかなくなっている。かつて歌姫が担った「魂の先導役」は、部分的ではあれ、すでにシステムが肩代わりしつつあるからだ。

そのあたりのウェブによる動員の実体を含めて、ウェブと政治を巡る新たな論点をコンパクトにまとめているのが、ジェイミー・バートレットの『操られる民主主義』だ。

バートレットは、イギリスの「デモス」という政治関係シンクタンクでソーシャルメディアの政治/選挙への影響を調査研究するディレクターである。そのため、政治/選挙の現場におけるダイナミズムを踏まえた上でソーシャルメディアの力を見定めている。加えてイギリスの研究者としてアメリカの実体に容赦なく切り込んでいる。

本書の原題は“The People Vs Tech: How the internet is killing democracy(and how we save it)”であり、直訳すれば、「人民対テック:いかにしてインターネットはデモクラシーを殺すのか(そしていかにして私たちがデモクラシーを救うのか)?」、つまり、デモクラシーの主体としての「人民」を、インターネットならびにその具体的サービス提供者であるシリコンバレーの「テック」企業が侵食していく様子を論じている。

だから、邦題の『操られる民主主義』というのは、これでもだいぶぼかした表現で、バートレットの意図としては、そもそもデモクラシーが破壊されるところまで計算に入れられている。事例として2016年のドナルド・トランプの勝利やブレグジットが取り上げられている。

〔PHOTO〕gettyimages

「操られる」というのは、文字通り、個々の有権者がネットを通じて、候補者にとって都合のいいように、それとわかることなく心理的に誘導されることだ。そして、その誘導は、インターネット上の行動履歴を通じて、ネット上の「システム」によってなされる。

この「システム」とは、バートレットいうところの「テック」に当たるが、「テック」ではちょっとわかりにくく文脈を見失いそうになるので、ここでは「システム」という表現を使うことにする。

その「システム」とは、インターネット上で利用者=有権者=消費者を分析しフィードバックを与える主体群の総称と思ってもらえばよい。選挙であれば、候補者のキャンペーンチームと彼らが活用する(AIを含む)解析ツール群の総体である。

 

ただしこの話が厄介なのは、インターネットではすでに様々なものが繋がって存在しているため、関係者といってもその範囲は限りなく広がり、ただ「システム」と呼ぶしかないところだ。

情報の提供者を特定し、そのものに様々な法的責任を負わせることでひとまず事件の解決を図ることができたマスメディア時代のようにはいかないのが、ソーシャルメディアが跋扈する現代である。