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北方領土交渉、このままいけば「ロシアの圧勝」で終わる可能性

「2島返還でおしまい」でいいのか

山が動いた

11月14日、山が動いた。北方領土問題の劇的な転換である。

この日、シンガポールで、ロシアのプーチン大統領と23回目の日ロ首脳会談を行った安倍晋三首相は、会談終了後に会見を開いて、次のように述べた。

「先ほど、プーチン大統領と日露首脳会談を行った。その中で、通訳以外、私と大統領だけで平和条約締結問題について相当突っ込んだ議論を行った。

2年前の長門での日露首脳会談以降、新しいアプローチで問題を解決するとの方針の下、元島民の皆さんの航空機によるお墓参り、そして共同経済活動の実現に向けた現地調査の実施など、北方四島における日露のこれまでにない協力が実現している。この信頼の積み重ねの上に、領土問題を解決して、平和条約を締結する。

この戦後70年以上残されてきた課題を、次の世代に先送りすることなく、私とプーチン大統領の手で必ずや終止符を打つという、その強い意思を大統領と完全に共有した。そして、1956年共同宣言を基礎として、平和条約交渉を加速させる。本日そのことで、プーチン大統領と合意した。

来年のG20において、プーチン大統領をお迎えするが、その前に、年明けにも私がロシアを訪問して、日露首脳会談を行う。今回の合意の上に、私とプーチン大統領のリーダーシップの下、戦後残されてきた懸案、平和条約交渉を仕上げていく決意だ」

安倍首相は緊張からか、疲れからか、顔色が優れず、虚ろな表情をしていた。だが、発言内容は重大で、日本の戦後外交を歴史的に転換させる舵を切ったのである。

端的に言えば、北方領土の4島返還を諦めて、2島返還で決着させるということである。歯舞島と色丹島のみロシアから返還させて、国後島と択捉島は諦めるという決断をしたのだ。

しかも安倍首相は、いま日本で喧伝されているような「2島+α」ではなく、2島の日本帰属を認めさせて返還を死守する、すなわち「2島-α」を出さないことを目標に据えているように思える。

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祖父と父の「遺訓」

安倍首相はなぜこの時期、このほど重大な決断をしたのだろうか?

安倍首相は来月、首相に就任して丸6年を迎える。第一次安倍政権(2006年9月~2007年9月)も含めれば、丸7年だ。もしも来年末まで続けば、首相在任期間は、明治以降の首相で最長となる。

 

では、「安倍時代」とは何だったのか。先週、政権幹部の方とお目にかかる機会があって、この問いをぶつけてみた。すると彼は、沈思黙考してしまった。

「そうだなあ、(安倍)総理の悲願である憲法改正はまだ実現していないし、しかもどうも無理そうだ。総理が長く取り組んできた拉致問題も解決していない。看板政策のアベノミクスは道半ばだ。もし今日で安倍政権が終わるとしたら、後世の日本人の記憶に残るのは、安保法(安全保障関連法)を改正したことと、消費税を2回、先送りしたことくらいではないか」

これだけ長く首相をやっている割に、成果が乏しいのである。

私は以前、ある元首相に、「日本の最高権力者の座に就いて考えたことは何ですか?」と聞いてみたことがある。すると元首相は、こう答えた。

「首相なんて結局は、3つのことしか考えないんだよ。第一に、自分の在位中、日本が平穏無事であること。第二に、一日でも長く首相の座にとどまり続けること。そして第三に、自分の時代にこれをやったというレガシー(遺産)を残したいということだ。おそらく首相が考えることは、誰がなっても同じだろうよ」

こういった証言から推論するに、安倍首相もいよいよ、「2019年は自分のレガシー作りに邁進する年にする」との決意を固めたということではなかろうか。

では、なぜ北方領土問題の解決と、ロシアとの平和条約締結を、自らの政権のレガシーにしようと定めたのだろうか。

それは、尊敬する母方の祖父・岸信介元首相と、父・安倍晋太郎元外相の「遺訓」を実現させようという執念に思えてならない。